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□1000筆頭企画「佐助と小十郎」
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ブブブブブ

ブブブブブ



一日の勤めで疲れた体をソファに沈めていると耳障りなバイブ音がガラス張りのテーブルの上から聞こえる。

そういえばマナーモードにしたままだったな、なんてどうでもいいことを頭によぎらせながら着信を必死に知らせるように体を震わせる携帯に手を伸ばした。

誰だ、こんな時間に。



『猿飛』



……!?………!!?



ディスプレイに表示された名前は間違いなく、否が応でも目立つあの橙頭のやけに面倒見のいい二年生。

ここここんな時間に…な、なんの用があるってんだ。


携帯を持つ手が緊張で震えるが(しっかりしろ俺)ついに留守電に切り替わってしまったので急いで通話ボタンを押す。



「…どうした」



平静を装えた自分に拍手を送ってやりたい。



『あ、片倉先生?ごめんなさい、こんな遅くに』



機械越しだからか多少の雑音は混じっているが、猿飛の声がした。



「いや、気にするな。それで、どうした」

『うん、ちょっと聞きたいことがあって』



聞きたいこと。

俺に聞きたいことか。

ほう、と返すと片倉先生にしか聞けないんだ、と言った。


……それはどういう…



『今度の試験範囲の重要ポイント、聞き逃しちゃって』



……ああ、そういうことか。



「…それなら、ちょっと待ってろ」

『はーい』



「………」



鞄の中に放り込んである教科書とノートを取りに立ち上がる。

思わず溜息が出た。

生徒一人からの電話でこんなに動揺するなんて、という意味での溜息でもあるが、試験範囲について聞いてきた猿飛に対しそれを残念に思うがための溜息でもあるようだ。

生徒に何を期待しているんだ俺は。

呆れてまた溜息が出た。



それから、授業の時よりも数倍は丁寧にわかりやすく試験範囲のポイントを教えてやると、猿飛はぱぁっと花を咲かせたような−見えるわけがないのだが−声で礼を述べた。

きっと電話の向こうには眩しい笑顔の猿飛がいることだろう。

チッ…何故顔が見えないんだ。

結論=電話だからだ。



『じゃあ、ありがとう、片倉先生。助かっちゃった』

「いや、」

『それじゃおやすみなさい。また明日』

「ああ」



電話が切れる。



「……はぁ」



また溜息が出た。

これはようやく仕事が終わって安堵したために出た溜息だ。

断じて猿飛との通話で緊張していた糸が切れて出たとかまだ喋っていたかった名残惜しさからくるような溜息ではない、と、思う。








side Kojuro


予想以上にヘタレた。

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