BASARA

□慶次と佐助
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恋、恋、って言うけど

そんなにいいものなのかな



そう言ったら、前田の風来坊は予想したとおりの幸せそうな顔でいいもんだよ、と言った。














「あんたは恋、してないのかい?」

「…ていうか、恋ってなに」



膨らみ始めたつぼみをたくさんつけた桜の木の上から、木の根元に座っている風来坊を見下ろすとにやりといやな笑顔を浮かべてこちらを仰ぎ見られる。

なんなんだ。



「こりゃ失礼、恋愛初心者だったか」

「初心者っていうか…」



する気がない、というわけでもないのだろう。

ただ、分からないのだ。



「なんなら、俺が教えてやってもいいよ。人に恋する幸せ、ってのをさ」



その前田の風来坊が言う、「人に恋する」ということ。

これがいまいちピンとこない。


忍になるうえで己の弱みになるものはすべて捨ててきた。

その中に「恋する」という感情も入っていたのかもしれない。



「…あんたはいつも「恋」してるよね」



視線を上げて、空を仰いだ。

やっぱり下で風来坊が笑っている気がした。

どうもこの手の話題を振ると、彼は異常に幸せそうなのだ。

捨ててきたものなのに、あんな風に笑えるのが少し羨ましく思えてしまう。



「…恋する心ってのはさ、身体とか筋肉とかと同じで、使ってないと鈍くなって…弱くなっちまうんだ」

「だからいつも恋してるの?」

「恋してるってのは、楽しいもんだよ」



表情を見ればわかる。

こんなになんてことないことできれいに笑う。

それはつまり、恋をしているからだということなのか。

こいつの笑顔の正体は「恋」なのか。



「…俺様にはよくわかんない」

「ははっ、ちょっと難しかったかい?」

「…あのねぇ」



まるで子供相手に言われたような気がしてムッと睨みつけるように見下ろすと、前田の風来坊はにっこにっこと輝かしい笑顔でこちらを見上げていた。

…なんか腹立つ。



「なんなら、俺とあんたで恋におちてみるってのも悪くないと思うけどね」

「は?」

「人は誰かに想われているのを感じることで感性が豊かになれるんだ。あんたの場合は恋する心ってのを思い出せるかもしれないよ」

「………」



ほら、と差し出された右手。

この手を取ったら、思い出せるかもしれない。

こいつの言う「恋する心」とやらを。

こいつが幸せそうに笑う、魔法のような心を。



しばらく差し出された手を見つめて、俺様はその手を



「・・・」



ばしっ



「あいたっ」



はたいた。



「なんであんたと恋に落ちなきゃいけないの。良いこと聞いたとは思うけど、恋する相手くらい自分で決めるよ」

「こいつは手厳しいねぇ」



そしてまた風来坊は笑う。

男のくせにきれいに笑う。

本当はこいつと恋に落ちれば、こいつに想われれば、きっと「恋する心」を思い出せそうな気がするのだが。

今こいつの手を取るのはなんだかとっても癪だったのだ。



「じゃ、俺様仕事があるから」



ぱたぱたと服の裾をはたいて立ち上がる。

風来坊は首だけをこちらに向けていた。



「気をつけろよ」

「あんたに言われるまでもないね」



体勢を整えて、さあ出発‐‐



「気が向いたらいつでも俺のとこに来いよ。右手はいつでも空けとくからな」



「…………」



そう言ってまた微笑まれて、なんだかとてつもない敗北感。



ひらひらと振られた自分のそれより大きくて頼もしい右手を今すぐにでも取ってしまいそうな気がして、俺様は急いで足場の枝を蹴った。

一刻も早くここから離れようと、前へ前へ足を蹴り出す。

後ろで幸せそうに笑っている男を、振り返ることなく。









innamorato


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