オリジナル小説

□貴方だけに尽くすことが我が幸福
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『紅谷(くれや)は本当によく頑張るのぅ』
 某(それがし)はその言葉をお館様に頂けるだけで嬉しかった。それだけで、何石(ごく)もの価値があった。だから、ずっと頑張ってこれた。


 某とお館様が出会ったのは何十年も前。その時、某には親も兄弟もなければ、知っている人さえ、いなかった。子供だったから一日を生きているのもやっとのことで、生きるために何だって食べた。だけど、食べ物も殆ど限界に近かった。でも、なんとか水だけは泥水や朝露で賄(まかな)った。だけど、何日も食べない日が増えていった。だから、動く気力も失って、餓死寸前だった。ああ、もう死ぬんだってその時は思った。だけど、天は某を見捨てなかったのか、そこをお館様が率いる軍が通った。
「少年、大丈夫か?」
 通り過ぎる軍をぼうっと眺めていた某にお館様自らが声をかけてくれた。そこで、軍は止まり、お館様は某にゆっくりと近づいてきた。馬の上からの声だったけれど、すごく嬉しかった。初めて「大丈夫か」と声をかけてくれた。誰にもそんなことを言われなかった某に。
 お館様は返事をしない某をみて、馬を降りて某の目線にあわせた。普通ならば、そこは部下とかに任せて自分では行わないはずなのに、それをお館様は自ら行った。子供だった某もそれがどういうことか理解できた。
「飯は食ってないのか?」
 某の周りに散らばる食べ物とは言えない残骸を見て、お館様はそう某に訊ねてきた。その通りだ。でも、ここで答えてよいものかわからなかった。
「食ってないんだな。別に怒ったりはしない。もし、よかったら儂のところに来い。儂には子供がおらんからのぅ」
 にこりと笑ったお館様は某の頭を撫でた。その言葉に恐る恐る某は頷いた。周りの反応が怖いと思ったけど、この人のそばに居たいと思った。この人のために何かしたいと思った。
 某の返事を聞いてお館様は躊躇う様子もなく、某を抱き上げ、馬に乗った。
「少年、名前は?」
「く、紅谷」
 父が頭を悩ませてつけてくれた名前をお館様に告げると、お館様は「いい名だな」と褒めてくださった。父がくれた名前をそう言ってもらえて、凄く嬉しかった。本当に某はまだ生きれるんだ。この人のもとで。そう感じていた。




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