負け戦



ケテルブルクの夜は、どうしても幼い頃を思い起こさせる。
あの頃、この場所は美しい僻地であった。一年を通して雪に覆われる街である。
作物は少なく、一つきりの港からの流通も充分ではない。積もった雪が凍り地面がどこもかしこも白く冷たく、そして空に近付く頃は、比較的裕福な家庭で育った自分は愚か次代皇帝のピオニーでさえ、豆のスープや乾いた肉だけで過ごしていたような場所だ。
いつのまにか時間は流れて、きらびやかなホテル、娯楽施設が建ち並び、白銀の世界が反射して見せる町の明かりの暖かさに吸い寄せられるように人が集まった。
訪れる度に港が大きくなり、頻繁とは言い難い帰郷の度に溜め息をついたものである。
変わっていくものばかりが目についた。
けれど、今こうして町を歩いてみると、残された風景の多さに驚くばかりだ。
無理矢理に手を引かれて通った公園や、町の子ども達がこぞってソリを滑らせた路地裏の不格好な傾斜。ふるびた音素灯の根本、夏にだけ光に触れる辺りに、彼の文字で四人分の名前が残っているのを偶然見掛けたときは、懐かしいと言うよりもピオニーとの縁の長さに複雑な感慨を抱いたものである。
ホテルのカジノで『ネフリーボール』なるものを披露したときの、自慢気な笑みと言ったら。
思い出すだけで笑いがこみあげてくる事だなんてあとにも先にもあれぐらいだ。
だから、てっきり。
彼こそ、彼の心の様こそ、まるで変わらずにそのままそこにあるのだと、思っていたのだ。油断していた。想定外の展開だ。
(というより、普通、こんなこと想定しませんよ)


「すまんネフリー、どうやら俺はジェイドが好きらしい。」


ドアの向こうから漏れ聞こえた声。なぜあやまるの?と妹が語尾を微笑ませる。まるで、なにを今更、とっくに知ってたわと言わんばかりだ。そう思うそばから想像した通りの言葉を妹の声で聞いて、かえってうろたえてしまう。
そんな思い込みかもしれないことに、なんだってそんなに納得する風なんです、妹よ。
扉の前で凍りついた私を、メイドがこくびを傾げて見つめてきた。振り向いて、目があって、とてつもない現実感が襲ってくる。なんだこれは。なんだって自分が、この複雑怪奇なトライアングルに組み込まれているのだ。いやむしろ、妹に先に離脱されてしまったに近い。
どうしようもなく子どもで、あけすけで、そのくせ優しさも強さも憎たらしいほど成熟していて。 あの笑顔が、いつか妹を浚って行くのだと思っていたのに。



「ありとあらゆる手を尽して攻略してやる気でいるからな。俺のものにしたいんだ。」

壁を通り越して響くその言葉が、「なぜ謝るのか?」との問いに対する答えだと判り、途方に暮れる。…さすがの自分も、全力で立ち向かわなければならなそうで。



負けると知れたゲームでも、と。思っている時点で、既に不利なのだと。
(気付かずにいられたならよかったんですけどねえ)






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勢いで書いたピオニー様戦線布告なわりになんだか中途半端に…

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