古典引用

□古事記[上巻]
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古事記[上巻]6,黄泉比良坂

伊耶那岐(イザナギ)命は、妻伊耶那美(イザナミ)命をその目で見ようと思われて、黄泉国(ヨモツクニ)へ追って行かれた。
そして伊耶那美命が御殿を閉ざしてある戸口からお出迎えになった時に、伊耶那岐命が仰せられるには、
「愛しい自分の愛妻よ、国はまだ造り終えていないので、この世へ帰ってきてくれないか」と仰せになった。

伊耶那美命がお答えになるには、
「本当に悔しいことです。あなたが早くお出でにならなかったので、私は黄泉の国の食物を食べてしまった。
けれども、愛しいあなたよ、よくここまで来られましたね。
なんとか帰ろうと思うので、少しの間、黄泉神(ヨモツカミ)と相談してきます。ですが、その間、私を決して見ないで下さい」
と申して御殿の中に入られたが、その間が非常に長かったので、伊耶那岐命は待ち堪えられなかった。

そこで、左の御美豆良(ミミヅラ)に刺しておいた神聖な櫛(クシ)の歯を一本折って、火を点して中に入って見てみると、
伊耶那美命には蛆虫(ウジムシ)が集まってごろごろ音をたてていた。
そして、その朽ちた身体の頭・胸・腹・女陰・左手・右手・左足・右足に大雷(オホイカヅチ)、火雷(ホノイカヅチ)、黒雷(クロイカヅチ)、析雷(サクイカヅチ)、若雷(ワカイカヅチ)、土雷(ツチイカヅチ)、鳴雷(ナルイカヅチ)、伏雷(フスイカヅチ)の八雷神をまとわりついていた。

伊耶那岐命はこれを見て恐れ驚いて逃げ帰った。
伊耶那美命は、「私に恥をかかせましたね」と罵り、予母都志許売(ヨモツシコメ)と呼ばれる亡者たちに後を追わせた。
*または黄泉醜女(ヨモツシコメ)。


逃げる伊耶那岐は、黒いつる草の髪飾りを取って投げ捨てた所、途端に葡萄の実が生えた。
亡者たちはしばらくそれを取って食べていたが、しばらくすると再び追いかけてきたので、伊耶那岐は再び神聖な爪型の櫛を折りとって投げ捨てた。
すると、途端に筍が生え、亡者たちがこれを抜いて食べてる間にまたお逃げになった。

伊耶那美は、またその身にまとう八雷神と数多の黄泉軍をそえて伊耶那岐の後を追う。
そこで、伊耶那岐は身に着けていた十拳(トツカ)の剣で、背後に迫りくる亡者を斬りながら逃げる。
そして、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)の麓に至り、その場に生えていた桃の実を三つ取り亡者に投げつけた所、亡者たちは皆その坂から黄泉国へ逃げ帰っていった。

そこで伊耶那岐命は桃の実に、「お前は自分を助けたように、葦原の中つ国にある限りの現実の生ある人たちが、苦しい目にあって困ってるときに助けてやってやれ」と仰せになって、
意富加牟豆美(オホカムヅミ)の命と云う名を授けられた。


最後にその妻、伊耶那美命は自ら比良坂を登り伊耶那岐に迫る。
そこで伊耶那岐は、巨大な大岩で黄泉比良坂を塞いでしまった。
そして、その岩を隔てて、離別の言葉を共に交わした。
伊耶那美命曰く、「愛しい私の夫よ、このようなことをするなら、あなたの国の人間を一日に千人殺してしまいましょう」。
伊耶那岐命曰く、「愛しい自分の妻よ、あなたがそのようにするなら、自分は一日に千五百の産屋を立てることとしよう」。

ということで、一日に必ず千人死んで、一日に必ず千五百人産まれるのである。
それ故、その伊耶那美命を、名づけて黄泉津大神(ヨモツオオミカミ)と申す。
また伊耶那岐命に追いついたことにより、道敷(チシキ)の大神。
また、比良坂に塞がっている大岩は、道反(チガエシ)の大神とも申し、また塞黄泉戸(サヤリマスヨミド)の大神とも申す。
*または千引き岩(チビキイワ)。
なお、あの黄泉比良坂は、今の出雲の国の伊賦夜坂(イフヤザカ)であろうと云われている。
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