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□第34話 おはよう
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 いつもと変わらない目覚め。俺とニアは一緒に起きて、ブータも物音で起きる。
 歯を磨く、顔を洗う。ニアが朝食に目玉焼きを作ってくれる。上手い。 身支度を整えて、仕事へ向かう。今日は工場現場の助っ人に呼ばれている。何でも予定が少し狂ってしまっているらしい。まだ寒いが、久々の穴掘りにワクワクしていた。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 ニアにキスをせがみ、家を出る。今日1日の原動力だ。手にはニア特製の弁当。今からお昼が楽しみだ。

 昼。午前中の仕事を終え昼食を取る。
 ニアのお弁当にはハートマークが多様される。愛されてるなぁ...。
 思わず顔がにやける。
「シモン君、流石だね。作業の進み早い早い」
「そんなこと無いですよ。普通です。」
 この中肉中背のおじさんはこの街唯一の土木工場関係の会社の社長さん。っても小さな会社らしいから現場にも作業服姿でバリバリ出て来るって話だ。事実今いる。
「今からでもウチに入ってくれないかね?お給料は弾むよ」
 こっちに来たばかりの頃、仕事を探していた時にリーロンからこの会社を紹介された。
確かに性にはあってそうだったが、何か新しいことをしたいと思って断った。で、結局「何でも屋」なんてものを営んでいる。
 正直収入は、厳しいかもしれない。
 子供が産まれると色々費用が掛かると思うから、悪くない話だと思った。
「んー、そうですね。考えておきますよ!」
「それは頼もしい。良い返事を待ってるよ。ところで....」
「なんすか?」
「今度お子さんが産まれるそうだね。いつ頃?」「一応今月の27の予定ですけど....」
 子供のことは何回聞かれても恥ずかしい。いっそ生まれてくれれば聞かれても恥ずかしくないかも知れない。
「そうかそうか。今日が19日だから、あと一週間か。もういつ産まれてもおかしくないな」
「はい。実は明日から入院の予定なんです。妻は大変でしょうから、サポートしなくちゃいけませんね」
 妻と呼ぶのにも非常に照れくささがあった。いっつも「ニア」だからな。
 関係は昔と変わらないけど、やっぱり俺たちは夫婦なんだな。いや、今度からは父親と母親か。
「そうかい。大変になるね。ウチも昔は大変だったよ....」
 社長さんが自分の子育て奮闘記を語る。
 ちょっとうらやましかった。格好良かった。
 俺もいつか、こういう風に子供のことを語れる日が来るのだろうか。
 ...ふと脳裏によぎる記憶。ニアにプロポーズをしてオーケーを貰った瞬間。幸せな未来を夢見て、それに対して微塵も疑問を抱かなかった自分。変わらないと思った。変わるはずがないと思った。
 ニアはしばらくして俺の腕の中で消えた。愛してると告げて。
 人生は何が起こるか分からない。だから過度な期待はしてはいけないかも知れない。
 だけど、期待した未来を掴み取る権利は誰にでも与えられている。
 だから、少しの期待と精一杯の努力が良いのかも知れない。
 またニアと出逢えて未来を夢見れてる。
 俺に神様がくれたそんな宝物は、『泣かなければニアのところへ行ける』と淡く信じた俺の少しの期待と、30年間あくび一つでも涙を堪えた俺の努力があったからかも知れない。
 夢を見るより、頑張らなくちゃな。
「シモン君、仕事の進み具合が良ければ早めに帰ってくれても構わないよ。お給料はそのまま出すから」
「えっ、いやそんな悪いですよ...」
「『仕事の進みが良ければ』だよ。遅ければ残って貰うぞ」
 社長さんはそう言ってガハハと笑った。

 俺はフル回転で作業をし、結局五時には上がらせて貰った。
 社長さんによると
「シモン君、キミのお陰で作業が4日分ほど前倒しになったよ。ありがとう」らしい。
 そこまで早かったかな?まぁ、何はともあれ早く家に帰れる。酸っぱいものでも買って帰るか。

「ただいまー」
 玄関を開ける。あれ?塗れてる。水でもこぼしたか?
 靴箱の上に生けてある花に目をやる。

 水は点々とリビングへと伸びていた。
 リビングでは、ニアが、うずくまっていた。
「ニア!どうした?また陣痛か?」
 はっとした。あの水は、破水か....。
「ニア、もしかして....」
「うん....も、産まれそう....シモン、病院まで、連れて行って...」
「わ、分かった!と、とりあえず電話だ。え〜と....」
 電話機に内蔵されている電話帳でかかりつけの病院の電話番号を探して電話する。
 何とか大丈夫らしい....。
「よし、病院は大丈夫だ。待ってろ!」
 脱衣所へ行ってタオルとバスタオルを抱えられるだけ持って行く。破水して濡れているのでニアの腰にバスタオルを巻く。
 ニアにタオルを手渡す。
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