本棚5

□純粋な故意
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あの綺麗な足首に、よく似合うと思った。

「なにかお探しですか?」

ショーウンドウ越しに眺めていると、店員がドアを開けてこちらを見ていた。
一瞬、自分に声をかけられているとわからなくってぽかんとした。
それから、僕が見ていたショーウンドウのお店の人だとわかって、慌てて首を振った。

「あっ! いや! えーっと…」
「よかったらどうぞ。高価なものはありませんので、ちょっとした贈り物でしたらうってつけだと自負しておりますので」
「あ……」

にっこりとほほ笑んで入口を開けたまま、店員の女性は店の奥へと戻ってしまった。
色黒の肌に黒髪のその人は、どことなくエキゾチックな雰囲気があって商品の印象と合致していると思った。
開けっ放しにされたまま立ち去るのもなんだか悪い気がして、迷った挙句店に入ることにした。
これだから、僕は詐欺にあうし厄介ごとに巻き込まれる。
ここヘルサレムズロットでは、自殺行為だというのに。
自宅から近いバイト先から徒歩で帰る途中のことだ。
目まぐるしい店舗の入替、のみならず地形ごと入れ替わることも多くないヘルサレムズ・ロット。
自宅周りの店が変わると買物の計画が全部変更になることもあるので、合間を見てお店のチェックをするようにしている。
その中で、つい三日前まではミリタリーショップだったお店がアクセサリーショップに変わっていたのに気付いた。
アジアンチックというか、どことなく異国を彷彿させるそれらに目が奪われた。
並べられているアクセサリーの中で、マネキンの足に視線が移ったのは単に恋人の事を思い出したからだ。
身長のほとんどが足なんじゃないかと思うほどスタイルのよい、年上の恋人。
蹴り技を使って埃と霧の中を駆け抜ける姿は勇ましいなんて言葉より、優美さすら感じる。
ただその優美さは氷にまみれて粉々に砕かれる相手を姿を見なければ、だ。

「いらっしゃいませ」

しゃら、細い金属が鳴らす様な音がしてドアが閉まる。
細やかで繊細な音はやはり、異国情緒を思わせる。
香水なのか、それとも別のものか。
比較的表通りに位置されているから麻薬の店じゃないとは思うけど、ヘルサレムズ・ロットに普通の常識を当てはめるのはよくない。
僕が身を持って知っている。
入ってしまったのならと、ショーウンドウの方へと向かう。
マネキンの足へ添えられていたアクセサリーが、テーブルの上にレイアウトされている。
銀色をしたその装飾品は、学生時代に流行ったミサンガの類に似ているなと思う。
もっとも、流行っていたのは女子の間で、ミシェーラに付き合わされただけなのだが。

「アンクレット」

値札に添えられている文字を読む。
名前は聞いたことがあるし、そういうのがあるというのは知っている。
けど、記憶にあるアンクレットよりも、この店に置いてあるのはじゃらじゃらと装飾があって、動くと音が鳴りそうな感じだ。
ふとロールプレングゲームの踊り子のデザインを思い出した。
しどけない衣装の足首にはまっている、あのデザイン。
反射的にその服を着ている恋人を思い浮かべたのは不可抗力だ。
そして夜のいやらしさを脳裏に連れてこられたのも、不可抗力だ。
慌てて首を振って記憶を彼方へ追いやる。
こんなところで前かがみなんて、学生じゃないんだし。
でも、なんだか、似合うと思う。
赤い刺青が這う足に、似合うんじゃないか。
そう思ってしまえば本格的に買うべきか迷い始めた。
よっぽど人類と異界人に受け入れられないとすぐに店舗が入れ替わってしまうヘルサレムズ・ロットでは、迷っている間に商品どころか店自体が無くなってしまうことは稀にある。
こういうアクセサリーショップは特に読めない。
明日には無くなっていて後悔するより、今買ってしまった方がいいのでは。
幸い、店員さんが言っていたようにそこまで高価なものではない。
さらに幸いなことに、今日は給料日だった。
現金支給のアルバイト先からの帰路だったので、資金に余裕はある。

「…………すみませーん。これ、ください」

ラインナップを一通り見回して、あの足に一番似合うのを考えた。
色白を通り越して時折血色が悪く見える、傷が所々あるけどそれすら彼の美しさを演出しているように思えるあの、綺麗な足に。
店員さんを呼んで指さしたアンクレットを包んでもらっている間に、ちょっとした安堵を感じた。
そして、あれこれどうやって渡せばいいんだと思い至ったのは僕の迂闊で短絡的なところだった。




***




付けてみて欲しいんですけど、となんだか言いづらそうな顔で言うからそういうプレイをするのかと思った。
などと言ったら、僕の事をどんな目で見ているんですかとじっとりした目で睨まれるのは想像に容易い。
ちなみに僕の想像では、猫耳か女性物ランジェリーだった。
どちらも実際に持ってこられたら目を丸くするが、付けてあげるのもやぶさかではない。
恋人だからというのを差し置いても、最近は少年へ対する許容範囲が広くなりすぎている気がする。
抱くことを許している時点で、全部許しているようなものだったのかもしれないが。
彼に愛されることを望んだ瞬間から許しているのかもしれない。
なにせ、彼に抱かれる事しか想像しなかったんだから。

「アンクレット。へえ、少年が選んだの?」
「はい。似合いそうだなぁって思って、付けて貰えたらって……あ! でも、普段から付けてくれなくっていいですから。多分邪魔になるだろうし」

照れた表情から一変して真剣な顔で付けてくれなくていい、と言うのは僕らの仕事をわかっているからだ。
渡されたアンクレットは確かに装飾が多いが、これぐらいならば動きに支障はない。
けど、金属でつくられたそれは血凍道を発動させたときに低温火傷の原因にはなりそうだ。
せっかく少年が選んでくれたのに、肌身離さずというわけにいかないのは少々残念だった。
嬉しいのと同時に感じるのは、少年を最優先に生きられない罪悪感。
彼もわかっているからそうやって逃げ道を用意する。
お兄ちゃんと言うのは気づかいのできる生き物なのだろうか。
けど、彼も同じように俺を最優先にできない。
神々の義眼を持つ限り、レオナルドにとっての最優先事項は妹のミシェーラ。
俺も彼も、世界を犠牲にしてお互いを優先することができない臆病者だった。

「それに、普段から付けるにはちょっとデザインが……」
「嗚呼。うん、確かに。ちょっと派手だ」

軽く揺らすだけで音がするアンクレットは、普段から付けるようなタイプではない。
どちらかというこれは踊りの際に使うタイプに見えるが、少年はそこまで思い至らなかったようだ。
細かい金属が触れあう音は、どことなく氷が軋む時の音を思い出させた。
まさか、少年がそこまで考えているとは思わないけれど僕を想って選んでくれたのは本当だろう。
嘘が苦手な彼だから最初から疑ってはいないけどさ。
テーブルを挟んで座る彼は、そわそわとこちらを見ている。
少し、ほんの少しだけ考えてアンクレットを少年へと差し出した。

「え?」
「付けてくれないか、少年」
「いいんですか……?」
「アクセサリーを贈る時は付けてあげるまでがセットだ。覚えておくといいよ」

小首を傾げて頬杖のまま笑って見せる。
からかうように、それでいて嬉しさを滲ませて。
半分は罠、半分は飴。
こくり、唾液を飲む音が聞こえそうでまた笑みが深くなる。
今夜は少年の家ではなく僕の家。
少しぐらいむちゃくちゃなセックスをしても、壁を叩かれることもない。
回り込んできてくれた少年が、少しだけ止まってから膝をついた。
僕は、靴の紐を解いて、靴下を脱ぐ。
それから右足を上にして足を組んで差し出す。

「なんか……女王様に跪いてる気分っす」
「ふふ、そう?」
「そうっすよ……ちょっと、冷たいかもです」

手の平でアンクレットを握りこんだ少年はそっと僕の足へ触れた。
反射で揺れそうになるのを抑え込んで、生命線に触れられることを耐えた。
武器である箇所を触れさせるのはやはり、まだ怖い。
血凍道を発動しなければなんてことないただの足だが、この足で何人も殺している。
人殺しの足だ。
それを少年に触れさせるのは、彼に武器を持たせているようで嫌だった。
手の体温で僅かに温くなった金属は想像していたより冷たさを感じず、触れられるむず痒さの方が勝った。
大仰な仕掛けも無いので簡単に足へと嵌められた銀色のそれは、足の甲まで装飾が伸びて銀色の間から赤い刺青がちらちらと覗いた。
パールのような石が所々にあって、蛍光灯の光に淡く光る。

「うん、やっぱり似合いますね」
「さすが君の見立てだよ、レオナルドくん」
「へへ…恐縮です」

組んだ足を引き寄せて、椅子の上で片足を立てる。
少年が付けてくれた銀色のアンクレットを指先でゆっくりと撫でる。
男の足だというのにきつく感じないのは大きいサイズなのか、それとも男女兼用なのか。
ただ、彼が俺にアンクレットを付けてほしいと願うのが無性に嬉しいと感じた。
アンクレットの発祥は奴隷の名残と言われている地域がある。
最初から装飾品として存在していた国ももちろんあるが、所有欲の証を付けたいと彼が思った。
それだけで彼にとても、愛されているのだと実感する。
アンクレットの付いた素足をそのまま皮靴へ突っ込む。

「じゃあ、行こうか」
「どこへっすか?」
「ベッド」

大口を開けて奇妙な声をして真っ赤な顔のまま固まった少年は、何を言いたいのかわからないけど口をはくはく開けては閉じてを繰り返した。
膝に頬杖をついて、顔を寄せて囁く。

「セックスしよう、れお」

素面の僕が出来る限りの甘えた声で強請れば、彼は断らない。
無意識で恋人を独占したいと思うなんて可愛いだろ。
僕も君を独占したいのと一緒だ。











純粋な故意







6月9日誕生石「ムーンストーン(月長石)」
石言葉「純粋な恋」
B5にてスティーブンさん誕生日発覚本当におめでとうございます。

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