本棚5

□飼い主の餌
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病理の部屋は僕の城。
と、言っても差し支えないだろう。
医長は自分ではないがほとんどの診断を任されている。
任されてるというより、病理医が自分以外にいないからやらざるを得ない、というのが本来ならば正しい。
普通の病院ではありえない勤務配置だが、それでもなんとかなっているのはひとえに優秀な技師がいるというのもある。
だが、あまりこき使うとろくなことにならない。
それは随分と前、それこそ宮崎が病理に移動してくるよりもずっと前からわかっていたことだ。
やれと言えばやるけど、もろもろ限界超えて吹っ切れた森井君は少々、面倒臭いんだ。

「っ……ふ……」

首から抱えるように引き下げられ、突き上げるように舌を押し付けられる。
呼吸をするたびに喉から声が漏れるが、それすら飲み込むように深く押し入ってくる。
唾液が口の端から流れていくのも構わずに深くキスしてくるから、時折床にぱたぱたと落ちていく音がする。
後ろは壁で、前には恋人。
しかもその恋人っていうのが七連勤の最終日、退勤時間二時間前の森井くん。
資料室ってところが最低限の理性が働いた証拠かもしれない。
職場で盛ってくる時点で理性もくそもないが。
ジリジリ、切れかけの蛍光灯が低く唸る。

「…….は、…んっ、ん…んん…っ」

僕自身は平均身長より高いはずだけど、森井くんは同じぐらい高身長な部類なので足を押し付けられると付け根に触れられる。
押し上げる太ももが、強引にスーツの上から刺激しようとする。
背筋に少しばかり怖気に似た快楽が走るけど一瞬だ。
強引にことに及ばれるのも悪くない、余裕がない様なんか最高だろ。
いっつも小言とつれない態度の森井くんが欲望丸出し。
なるほどギャップ萌えってやつか。
自然と口角が上がりそうになるが、塞がれたままではそんな余裕はないか。

「き、…せんせ…ッ」

唾液でベタベタにされた口が空気で冷やされてひんやりするが、間近で吐き出される声は沸騰寸前で熱い。
こりゃあほんとにギリギリだな。
首筋に顔を埋められて、柔らかく吸い付かれる。
手がネクタイに伸びてくるのを感じて、仕方ないと心の中だけでため息を吐く。

「森井くん」

目の前になった耳に首を伸ばす。
低く名前を呼ぶと、わかりやすく肩を揺らして動きを止めた。
そういうわかりやすいとこが、ほんと良いと思う。
可愛いとすら思うよ、僕にしては珍しくね。
耳に口を寄せて、それから、大きく口を開いて思い切り、歯を立てた。

「いっっっ…!!」

信じられないって顔をした森井くんが耳を押さえてこっちを見るけど、職場の鍵すらかかってないとこで盛ってくるほうが信じられないよ。
今度は露骨にため息を吹きかけてやって、釘を突き刺す。

「調子、乗りすぎ」
「ッ………すみません……」

ようやく時間と場所を思い出したのか、バツの悪そうな顔で俯向く。
そうやって項垂れるのも気分がよくなるから、好きな子ほどいじめたいって理論はよくわかるんだ。
この暴走も僕が多少の無理を強いたのが理由だし、仮にも恋人なわけだし、少しは甘やかしてあげるか。
壁と森井くんの間からすり抜け、資料室のドアへ向かい、鍵をかけた。
カシャン、軽い音が静かなそこに響く。
ついでに電気も落とせば、カーテン越しの弱い光で室内は薄暗くなる。

「岸先生……?」
「最後までヤったら僕がこの後仕事にならなくなっちゃうでしょ。だから、口でしてあげるよ」
「……いいんですか」

さっきまであんなにがっついてきたくせに、甘やかしてやろうとするとこの態度。
そんな疑ってこなくたって痛くしないよ。
痛くされないの、よく知ってるくせに。
今度は僕が森井くんを壁に追い詰めて、肩から胸、そのまま下肢に指を這わせて遊ぶ。
疑いと少しの困惑を抱えたまま、森井くんが息を飲むのがわかる。
可愛い恋人、可愛い部下の餌の躾は飼い主の仕事だろ。

「ご褒美だよ、久志くん」

膝をついて見上げる顔は、すっかり情欲に塗れている。
待ても限界かなと、喉の奥で笑った。




飼い主の餌





スーツで膝ついてあの岸せんせがご奉仕ってだけでヤバイ気がする。

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