本棚5

□血よりも濃いとはよく言ったものでして
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血を分けた兄弟が六人もいると、世間一般の感覚が当てはまらなくなるらしい。
まるでそれを証明するように、血のつながった実の兄弟に恋をしたらしい。
頭おかしいとしか思えない。
そしてその頭のおかしな六つ子である僕も、十分に頭がおかしい。
きっかけはおそ松兄さんとチョロ松兄さんだった。
破天荒が形を持ったようなおそ松兄さんを諌める係になっていたのがチョロ松兄さんだったので、関わりが多いのも理由の一つだったのかもしれない。
距離や気安さで言えば一番近かったかも。
男同士で、兄弟で、恋人同士なんて誰にも言えるわけない。
恋人になった事はきっと墓まで持って行ってでも隠しておきたかったはずのチョロ松兄さんなど構わず、おそ松兄さんはさらりと僕らに言った。

『おれ、チョロ松と恋人になることになったからよろしく』

さすが破天荒の権化。
その発言は朝食を食べ終わって、お茶を飲んで一息という抜群のタイミングで放り込まれた爆弾だった。
しかも発言者であるおそ松兄さんは、今日はいい天気だなパチ打ち行くか誰か一緒に行く人、ってぐらいの気軽さだったから衝撃は遅れてやってきた。
きっかり五秒間、無言の放送事故が起きてからの大爆発。
一番声が大きく大慌てだったのはチョロ松兄さんだった。
動きは目で追えないぐらいだし、顔は真っ青だし、動揺してるのがもうごまかせないぐらいよくわかった。
なに冗談言ってるんだよおそ松兄さん朝から悪趣味だなぁ、って言えばよかったところを目に見えるほど動揺してしまったのでそれも不可能。
図らずも、チョロ松兄さんはおそ松兄さんの悪ふざけにもできた発言が本当だって証明してしまったんだ。
ほんと、チョロ松兄さんって器用貧乏だよね。
だから一番童貞臭が抜けないんだよ、まあ僕ら全員童貞だけどさ。
それからカラ松兄さんと一松兄さんがほどなくしてくっついた。
元々、お互いの事を気にかけて、気にしている二人だったから予感はあった。
公にされた恋人関係に触発されるようにしてくっついた二人だけど、二人からはっきりと言われたわけじゃない。
ただなんとなく、前と二人でいるときの雰囲気が違うなと思ったんだ。
わかるよ、だって僕たち六つ子だもん。
少し気になるのは円満な形で関係が変わったんじゃないだろうから、こじれないといいなぁって事ぐらい。
昔と比べて言葉が少なくなって皮肉屋になった一松兄さんだから、きっと単細胞なカラ松兄さんとはすれ違いが起きているだろうな。
そして、僕はというと十四松兄さんともれなく恋人になったのだけど。
それって本当に、恋をしているからなのかなと疑問に思っている。
いつも一緒の行動をしていた六人のうち、四人が同じことをしたから、それを真似しようとしただけじゃないのかな、って。
余りもの同士だからそう思っただけなのかな、って。
僕が十四松兄さんを好きだなぁって思うのは勘違いじゃないのかな、って。

「トド松ッ!! 公園いこうッ!!」

元気いっぱい、半ズボン、野球大好き、とても成人男性には見えない同い年で順番は一つ上の十四松兄さん。
シャボン玉がはじけるように意識は目の前に戻ってくる。
居間で女の子が喜んでくれそうなスポットを携帯電話で探しているふりをしていた僕は、多少暇を持て余していたのも事実だったしお誘いは嬉しかったので行こうと思った。
これ以上考えると嫌なことばかり浮かびそうだったし。
しかし、素直にうんと返事が出来ないひねくれやな僕はうーん、と考える仕草をする。

「どうしようかなー」
「行こうよッ! 楽しいよッ!」
「えーそれって十四松兄さんが楽しいんじゃないの〜?」
「えー!! なんでわかるの!! トド松といるとちょー楽しいの!! エスパー!?」

テンションそのままに放り投げられたボールが、見事に僕の心臓へと被弾。
狙って射抜いてくる矢よりもずっとたちが悪い。
まさしく魔弾の射手だ。
エスパーじゃないよ十四松兄さん、と返してから立ち上がる。
お願い一緒に行こうっておねだりが聞きたいなと思ったんだけど、それよりずっと強く心臓掴まれた。
そのうち僕の心臓は十四松兄さんの手で破裂させられそうだ。
十四松兄さん相手だと物理的にもありえそうだから口には絶対にしないけどね。
すたすたと玄関へと向かっていく僕の背中を見ている気配を感じて、振り返り首を傾げた。
ぽかんと感情が読めない顔で僕を見ているから首を傾げた。

「あれ、どうしたの?」
「トド松どっかいくの?」

ついさっきまで公園行こうって言ってたじゃん、と思ったけれど僕は返事をしていないことを思い出した。
女の子につれない態度を取って興味を引くのと同じことを十四松兄さんにしても意味がない。
十四松兄さんは目の前の事をそのまま受け取る人だ。
素直で、言い換えれば単純で、僕のすぐ上の六つ子の、最愛の兄弟。
僕の唯一の恋人。

「え? 公園行くんじゃないの、十四松兄さん」
「行ってくれんの!!」
「もちろん」

常に笑顔を張り付けている十四松兄さんが、もっとわかりやすく笑顔になる。
普段は笑っているような顔だけど、今度はほんとの笑顔。
いつごろからそうやって作り笑い顔になったのかわからないけど、緩んだ口元が可愛く見えるからもうオールオッケー。
十四松にだけ甘くないかお前ッ、とおそ松兄さんに詰られても否定もできない。
実際、甘やかしている自覚はあるもん。
単細胞で脈絡のない発言が多いと思われがちな十四松兄さんだけど、相手の意図を汲もうと頭の中は必至に動いている。
言葉にされない所謂、察するという分野が苦手なだけ。
天井を突き破らんばかりに飛び跳ねる十四松兄さんと一緒に出掛ける先は、ジョギングでも通る公園。
昔よりも遊具が増えたけど、それもまた最近減ってきている。
危ないからって理由でどんどんなくなっていく遊具のせいか、それとも平日の昼間だからかはわからないが人は少ない。
気兼ねなくって好都合。

「うひょーーっ! 遊び放題!」
「そうだねー」

早速うんていの上を下をぐるぐる回るようにしてせわしない十四松兄さんだけど、パーカーから手が出てないのによくあの速さで往復できるよねと思う。
見上げるようにして真下からうんていの上を逆立ちで歩いて行く十四松兄さんを見つめる。
真下にくると、まるで十四松兄さんと真逆の位置にいるようだった。
十四松兄さんは空を歩いている。
それなら僕の兄さんは天使って言っても間違いじゃないかもしれないなぁ、と砂糖で出来た頭で考えた。
うんていで世界は隔てられているなんて馬鹿馬鹿しいけど、そうであればいいのにとも思うんだ。
だって世界が違うならきっと、十四松兄さんは血のつながってない人のはずだから好きになってもおかしくない。
外国だと男同士で好きになるのだって結婚もできるようになってる。
だから、僕が十四松兄さんを好きになっても不思議なことではないはずだ。
でも、血のつながってない十四松兄さんを僕は好きになれるのだろうか。
血のつながった兄さんを愛する僕は、それがわからない。
お日様は随分と高い場所にあるらしく、見上げていると時々、十四松兄さんが逆光で見えなくなる。
どこにも行かないで欲しいなと思いながら、どこかへ行って他人になってしまえばこの好きもおかしなことにならないのにとも、思う。
真正面から見上げてしまった太陽がまぶしくて目を細めると、ふいに陰った感覚があって、雲が出来たのかなと思った。
目を開いてみようとした時、それよりも早くちゅっ、と音と感触が僕を襲う。

「っ!」

パッチリと、目が覚めたような顔をしていたと思う。
まさかとは思ったけど、キスをされたようだった。
目を見開くと真正面に十四松兄さんの顔があったし、なにより全身がキスされた喜びで震えていた。
器用に足で体を支えてぶら下がる十四松兄さんが、珍しく歯を見せて笑う。
にぃっと笑う顔は、ちょっとおそ松兄さんと似てる。
してやったり、って感じの悪戯っこの顔。
昔はみんなでしていた顔。
いつからか兄と呼ぶようになって弟と呼ぶようになって、好きな色が出来て身に着けて、六つで一つだったのが六つがそのまま六つのままになって。
そうして好きになってしまったたった一人の人。
そうだ、誰でもいいわけじゃなかったんだ。
十四松兄さんだったから、好きになれた。
きっとほかの兄弟では駄目だった。
おそ松兄さんでは駄目で、カラ松兄さんでもダメで、チョロ松兄さんでもだめで、一松兄さんでも駄目。
十四松兄さんじゃなきゃ、嫌なんだ。
ただ、ただ、十四松兄さんじゃなきゃ兄弟として好きの範囲を出ず、恋人になりたいと思わなかった。
理由も条件も、何もかもが関係なかった。
あなたである事以外に、理由なんかなかったんだ。
泣いてしまいそうな喉を懸命に押し込めて、いつも通り、余裕のある弟のふりをする。

「……もー……誰かに見られたら、どうすんの?」
「ええぇー! でも、ちゅーしたいって思ったんだもん。トド松怒る?怒る?わーーーってなる?」
「怒らないよ、十四松兄さん。……あ、うーん。嘘。どうしよっかな」

うんていにぶら下がったまま十四松兄さんはブランコみたいに体を揺らしてるけど、耳や頬が赤くなっているのがわかる。
自分からしておいて照れるんだから、すっごい可愛い。
正直、誰もいないのなんかわかりきっている。
けれど条件を付けてお願いをするのが、末っ子あるあるってやつ。
甘え上手の秘訣。

「ちゅーより上の事してくれたら、怒らないよ」
「……ちゅーより上?」

あ、今返事までに時間あったな、と思ってしまうと口元が緩みそうになった。
ぼかして言ったけど、僕の求めることが伝わったってことだ。
ちゅーより上ってなに、と聞き返さなかった時点で十四松兄さんはきっと僕を甘やかしてくるだろうと確信。
だって唯一たった一人の弟で、唯一無二の恋人なんだもの。
僕は十四松兄さんに対して甘いけど、十四松兄さんだって他と比べたらさ、特別甘やかしてくれるんだ。
よかった、僕ら兄弟で。
二倍甘やかして、甘えさせてもらえるなんて、赤の他人じゃできないもの。






血よりも濃いとはよく言ったものでして









キスよりもっと凄い事をしようよ。つってね。
血よりも恋とはよく言ったものでして。つってね。

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