本棚5

□Something Blue
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君に服を見立てて欲しいのだ、とその人は言う。
秘密結社ライブラのボスであり、胸を張り颯爽と歩くさまは軍人のようでもあるが、シャツにネクタイを締めてベストを着こんだ姿は会社員、いや貴族だ。
実際、クラウスさんはドイツ系の貴族であるライヘルツ家の出自で、ザップさんから聞かされた話では、牙狩りに参加した当初は金持ちの道楽だって噂されたらしい。
今そうやって話せるもの、今はクラウスさんの信念を疑う人がいないからだろう。
それとも、噂するような人たちがもうこの世にいないのか。
僕のあずかり知らなかった世界の事情なのでわからないけれど、今のクラウスさんにそうやって悪い感情を持つ人がいないのは救いだ。
だって、世界を未曾有の危機から救う為にビルが壊れて区画が崩落、仕事が無くなったり、身内が無くなったりすることだってある。
そういう人からすればライブラの行いは正義ではなく、クラウスさんの言葉を借りれば蛮行なのだろう。
ライブラは世界の均衡を保つ為に暗躍する組織、天秤を平行に保つ為の存在している。
全てを救おうとするのは均衡を保つという方針とは真逆だろう。
クラウスさんの行動は全部を救えたらという祈りにも近いけど、行いが蛮行であることを知っているんだ。
クラウスさんは多くを説明はしてくれないけど、その代わりのような大事に選んだ言葉で語ってくれる。
それに救われたのだから、やっぱりクラウスさんの信念は僕にとっては光そのものなんだ。
しかし、まあそんな僕の掲げる目標と言ってもいいクラウスさんが、何を思ったのか僕に服を見立てて欲しいと言ったのだ。
ライブラでの大きな作戦もなく暇で、また先日のようにザップさんとスティーブンさんのような修羅場を起こさないためにクラウスさんの温室へと向かった。
水やりの手伝いをして一通り終わって、クラウスさんは何度か口をはくはくさせてから意を決したように言ったんだ。

「え、なんでですか?!」

と、言うのが思わずしてしまった僕の返事である。
前述の通りに、クラウスさんは貴族の出だ。
執事のギルベルトさんが上着を以て、冬にはコートをかけて身支度を整えているのはもはや日常風景の一つになっている。
だが、一般家庭に育った僕は誰かがジャケットをかけてくれることも、ましてや身支度を整えてもらうこともない。
幼少期だって、すぐにミシェーラの面倒を見ることになったのだからむしろ、身支度を整えてやってる期間の方が長いくらい。
身なりだって、僕には手が届かない上等なものを着ている。
そんなクラウスさんに僕が服を見立てるなんて、おこがましいにもほどがあった。
すると傍目にわかるほどしゅんと落ち込んだ雰囲気を醸し出すクラウスさんに、今度は大慌てでフォローに回る。
クラウスさんは年上で、職場の関係でいえば上司で、尊敬する人なんだけど。
どうにもクラウスさんが三男というポジションのせいか、それとも僕が長男という気質のせいかついついクラウスさんに対しての態度が甘くなる。
甘やかすように接したくなるのだ。

「ちがっ、違うんです!あの、嫌なんじゃなくて……クラウスさんの身支度って、ギルベルトさんがしているじゃないですか。普段から整えられてて、センスだっていいし……僕なんかじゃ変なの選びかねないですよ?」
「そんなことはない。先日、ギルベルトと新しい写真立てを用意してくれただろう?」
「え?ああ、はい」

唐突に差し出された話題を掴むと、記憶が細々とよみがえる。
三日ほど前に、暇を持て余して僕がギルベルトさんに何か手伝えることがあるかと聞いたら、新しい写真を入れる額縁を買うので一緒に選んでほしいとのことだった。
カタログの中から選ぶのを一緒になって見て、どんな写真を入れるかによって違うだろうなと思ったのでそれを聞きながら提案をした。
記者の端くれだったので写真に関しては少しばかり、ちっぽけだけど自信があった。
そうして選ばれた額縁は、ライブラの遊戯室にかかっている。
中におさめられたのはツェッドさんの加入報告もしたパーティーでの写真だった。
そんなに前の話ではないので、どんな額縁を選んだのか、柔らかく笑って褒めてくれたギルベルトさんも鮮明に思い出せた。
でも思い出せば思い出すほどに、話の流れがつかめなかった。
額縁を選んだことと僕がクラウスさんの服を見立てることに何のつながりがあるんだろう。

「確かに選びましたけど…?」
「ギルベルトが褒めていた。レオナルド君の選んだ額は、写真がよく映えると。だから、君のセンスが悪いなどということは万に一つもない。どうか安心してほしい」
「あぁー…りがとうございます…」

じわじわと首元が熱くなってくる感覚があって、温室の気温が上がったからだと言い訳を考える。
体温の急激な上昇は紛れもない明確な理由によってわかっているから言い訳を考える。
クラウスさんの直球の中の直球で、真ん中を狙ってくるストレートな褒め方。
僕はバッターボックスでその剛速球になす術もない。
バッター三振、スリーアウトチェンジ、さよなら負け。
剛腕ピッチャーにホームランを打ち返せる腕力は、僕にはない。

「それに……先日、スティーブンと共に出かけただろう…」
「え」

さきほどのはっきりとした断言と打って変わって、またクラウスさんの雰囲気が変わってしまう。
膨らんだ風船がしぼむような勢いのなさ。
厚めの前髪で見えないけど、眉が垂れ下がっているような気がした。
実際に髪をかきわけて表情を確認できればいいんだけど、身長差が如実な僕ではそれもできないし、なによりそうやってするのは上司と新人がする行為ではない。
つい妹を相手にするように行動してしまうけど、クラウスさんは僕より年上の大人であることを自覚しなくては。
しかし、でも、そうやって申し訳なさそうに言われると、どうしようもなく胸がざわつく。
落ち着かない。
どうにかしなくちゃって思って、なんで安心させたくなるんだろう。

「君の服を選ぶ事はとてもいい事だと思う。スティーブンの目利きは確実に仕立てのよい一級品を選ぶだろうし、また、君の魅力を最大限生かす服を選ぶだろう。……しかし、……私も君と……出かけたいと思っているんだ。…すまない、こんな我儘を言ってはいけないとわかっているのだが…」

巨躯を押し込めるように小さくして、手の中の如雨露を心許なさそうに握りながらクラウスさんはしどろもどろになっていく。
大柄の肩を窮屈そうに小さくして、手遊びをするように如雨露を持っている姿は平時との差があまりにもあった。
胸を張り颯爽と戦場を駆け抜ける姿、僕が後ろから見つめている姿。
諱名を書き留める間、一度も交代することなく立ち続ける背中。
それらが丸まって、抱きかかえるテディベアを大きくしたような印象があった。
身長差のため、僕がクラウスさんの表情を伺おうとすると上を向くことになる。
顔を俯いて目だけでこちらを伺ってくるクラウスさんの表情は、僕が見上げているのに見上げられている気持ちにさせた。

「怒らないでほしいのだが私は……君を独り占めしたい」

炎を宿して鋭利に光る目元が、蕩けて僕を見つめる。
いやだってだってこれ、僕が見上げてるけど、気分は上目使いだ。
じわじわと火照らせた照れは、もはや隠しようもないほど全身に回っている。
スティーブンさんと出かけたのが羨ましかったと言ってるそれは、嫉妬したと同じ意味だ。
あのクラウスさんが、嫉妬してくれたんだ。
多少天然っぽくて我が強く、一度決めたことは曲げない頑固なところがあるけど、基本的には分け隔てなく優しい所があるクラウスさんが、僕を独り占めしたいと思ってくれている。
特別な人に、特別扱いをされているという幸福感に、胸がドキドキする。
脈が速くなって、あまりじっと見ているとクラウスさんがより一層真っ赤になってしまいそうだったのでそうっと反らした。
実際、視線がどこを向いているのかわからない糸目だから露骨に反らしても問題はないんだろうけど、気配でわかってしまいそうなきがした。
僕は隠し事は下手くそだし、視線には出なくても表情でわかりやすいのは自覚もしているし。
熱烈な告白と変わらないそれになんと返事をすればよいのかもごもごとしていると、クラウスさんの空気が瞬く間にしぼんでいくのを感じて一層焦った。

「レオナルド君は、私と出かけるのは嫌かね…?」
「……うぅ…クラウスさん、それって…狡いですよぉ…!」
「む、すまない…私はまた我儘を言っただろうか」

顔を振って否定する。
そりゃ、確かに我儘かもしれない。
恋人ではないのに独り占めしたいなんて最上級の我儘。
でも可愛い我儘だ、機嫌が悪くなることもないし、嫌だとも思わないし、怒りたいなんて少しも感じない。
狡いのはその言い方だ。
だって、拗ねたミシェーラがお兄ちゃんは私と一緒だと嫌なんでしょって聞いてくるのとおんなじような響きなんだもの。
可愛い人で、あんまりにも他の人たちと比べれば無害なので、このまま勘違いをしたくなる。
このドキドキは驚いたからじゃなくて、トキメキで鼓動が早くなっていて、それは僕がクラウスさんを。

「言ってほしい、レオ。私の至らないところを……君の為なら、なんでもしたいと思っているのだ」
「ッ、う、ぁ……それ、他の人に言わないでくださいよ…誤解が生じそうなので…」
「承知した、君以外には言わないように心がけよう」
「クラウスさん、じゃあ…行きましょうか」

握ったままでそろそろ変形しそうだった如雨露をクラウスさんの手から抜き取って、いつも置かれている場所へと置く。
水の元栓を閉めて、ホースも巻き取ってしまえばあとは放っておいてもいいだろう。
着替えるほど汗はかいてないし、着替えなくても大丈夫だからこのままいけるな。

「レオ…?」
「あれ?服、見に行くんですよね?あの、先に断っておきますけど、本当に僕なんかで……僕のセンスで問題ないんですか?」
「君がいい。レオナルド君、君に選んでほしい」

はっきりと断言された言葉はシルバーバレットさながら、火薬に押し出されてまっすぐに飛び出して、僕の心臓を軽々打ち抜き息の根を止めてくる。
後は塩振ってどうか火葬にしてあげてください、この世に化けてでてこないように。
ハロウィーンじゃないんだから、そんな冗談口に出して言えないし、クラウスさんに言ったら死なせないって返事が返ってきそうだ。
どこまでも真面目でまっすぐで、融通と冗談が通じない、障害を全部乗り越えて、打ち倒して進んでいける僕の憧れ。
恋をしてあなたに好きだと言えたら、きっと幸福になれるのだろう。
今はまだ、これが尊敬なのか恋なのかわからないから言えないけど、はっきりしたら言えるだろうか。
どちらの意味になるかは予測できないけど、好きだと目を見て。
温室の出入り口へと向かいながら、何を選ぶのか尋ねてみた。
お店はきっとクラウスさんの選んだところだから、せめて何を選ぶのかぐらいは考えておかないとすぐには決まらないだろう。

「………そう、だな…うむ…」
「?」

また黙り込んでしまったクラウスさんは、やっぱり何度か口を開けては閉じてを繰り返した。
言おうか決めかねているって素振り。
持っている物を選んでしまっては元も子もないので、辛抱強くクラウスさんの返事を待つことにする。
実際聞いたら、それはなんとびっくりすることに時限爆弾のような破壊力があったんだけどな。

「君が選んでくれればなんでも嬉しいが……君の瞳のような、青い物が欲しい。……何か一つ、私にも青い物をプレゼントしてはくれまいか?レオナルド君」

強請る声は柔らかくスポンジケーキのようで、耳に入るとそれは脳みそを激しく揺さぶって白いベールを振り回してくる。
こんな言い方をクラウスさんにしては失礼かもしれないし、何を言っているんだと思われるかもしれないが、幸福で出来た笑顔は少女が花咲くような笑顔であった。
威力最大、木端微塵。
僕の羞恥心が振り切ってメーターはいっぱいいっぱい。
体は爆発四散で骨も残さず焼却処分。
そんな単語が頭の中を駆け巡って、くせ毛のてっぺんから湯気が立ちそうなほど顔が熱い。
まさかクラウスさんの耳にまで入っているとは思わなかった話に、僕はこの話をした人たち全員と結婚しなくちゃいけない運命なんだろうか。
クラウスさんに似合う青はどんなのがいいだろうと思うけど、ぐるぐると熱暴走を起こした頭ではうまく思いつかない。
でも、服屋の中でとびきり綺麗な青い物を選びたい。
クラウスさんのおかげで未来へ向かって歩めるようになった僕から少しでも何か返せたら。
どうかクラウスさんも幸せになって欲しいって願いを込めて。

「わかりました…ああぁもう…僕、そろそろ羞恥で死ぬかもしれないです」
「死なせない。私が君を守り抜くと誓おう」

ほら、やっぱりそうやって返事をしてくれる。
どっちが幸せにしてもらいたいのかわかったものじゃないや。







Something Blue





何か一つ青い物。

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