本棚5

□Something Borrowed
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ザップさんはそう言うけど、傍目からみたらまるっきり喧嘩だった.
それはそれは恐ろしい物を見た気分だったのに。
結びかけたネクタイを引き抜いたザップさんは、何故か手の平を差し出してこちらを見ていた。
その仕草は金品をたかられる時によく見た光景だけど、今その仕草をされる理由がわからない。

「なんですか、その手」
「ちょっと鍵かせレオ」
「いやですよ!ザップさんに貸して返ってこなかったランブレッタを忘れてないですよ!」
「ちげーよ、家の鍵」

余計に嫌だ、と叫ぶのは当然だろう。
なぜこんな金銭に関する事は信頼が全くないと言っていい人間に、なぜ家の鍵を渡せるのか。
今夜家に帰ったら部屋の中の物が全部質にいれられている、最悪部屋事態が売却されているという可能性がある。
なにより、さっきの会話の流れで鍵を要求される意味が分からない。

「この前、ほら、すげー高い飯食っただろ?」
「は?えーっと…アーティさんとこっすか?」
「じゃなくて、ほらなんとか王子」
「ああ、モルツォグァッツァ…それがどうしたんすか?」

首をかしげて見せると、察しが悪いなって顔で返された。
理不尽過ぎる。
言葉足らずなのはあんたの方だろうと言ってやるのは簡単だけど、説明する気みたいなのでおとなしく会話を続ける。

「あんとき、蝶ネクタイつけてただろ?あれ貸せ」
「え?くれ、ではなく?」
「くれんのか?」
「嫌です。…いや、待って下さい。なんで今それなんですか?ネクタイ、今持ってるじゃないですか」

引き抜かれてぐしゃぐしゃになった白いネクタイを指さす。
わざわざ僕に借りなくても、持っているのになんで僕に。
なんでもないって顔をしながら、ザップさんが口を開く。
そういう、世間話をしようって顔をしている時ほど爆弾を落としてくるっていうのは、ここ数日よくよく体感しているはずなのに。
だから僕は、こんな面倒な事態になっているんだ。

「何か一つ、借りたもん。だろ?」

にぃ、と笑うザップさんは、さきほどの下卑た笑顔とはまた違う顔だ。
浅黒い肌を血色よくして、顔じゅうから好意を滲ませた笑顔。
喋らなければ整った顔をしているザップさんが、なんの含みも無く笑うと正直、可愛いんだ。
思わず見とれるほど。
同時に、ここ数日翻弄される四つの物の一つがザップさんの口から出てきて固まる。

「それって…」
「レオくんが花嫁さんにしてくれるって聞いたからさ〜」
「はあ?!だれに?!」
「かわいい魚類ちゃんがしあわせそーな顔してっから問い詰めたら惚気られた」

さっきまでの可愛げのあった笑顔がどこへいったのか、ニヤニヤこっちを見てくるザップさんは性悪な先輩の顔だ。
珍しく可愛げのある顔と口ぶりだったのに。
ちょっとでもドキドキした僕が、遊ばれてみたいじゃないか。
真面目に言うわけでもなく、誤魔化すようにセックスしようばっかり言うのに、こんな時ばっかり。

「やだって言っても、鍵持っていくんでしょう?」
「わーい!レオ君わかってるぅ〜」
「……僕もついていきますよ。鍵預けるの怖いし」

それに、幸せにしてほしんでしょう、と仕返しのつもりで言ってみる。
どうせ茶化したニヤニヤ笑いで茶化した言葉を返すだろうと思っていた。
立ちあがってザップさんの顔を見て、なんでだと叫びたくなった。
眉根に皺を寄せて顔じゅうを真っ赤にして照れた顔をネクタイを持ったままの手で隠すようにしているなんて、一体だれが想像できただろうか。
なんだその可愛い仕草、あんた本当にあのザップさんなのかよそんな可愛い性格じゃないじゃん。
言葉は全部口から出てこなくて、差し出してしまった手を控え目に握られては、どうにかなってしまいそうだった。
このドキドキは、ただのギャップに驚いただけだ。
きっとそうだ、そうに、決まってる。





Something Borrowed




何か一つ借りた物。
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