本棚5

□燃え尽きる流星
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あの人は、僕の憧れ。

「あっつ…」

ごく普通の夏休みの、ほんのちょっとドキドキした四日間のはずだった。
それが、僕の人生を大きく左右する四日間になるなんて、一日目の新幹線の中では微塵も思っていなかった。
それが二年前。
僕と夏希先輩は、あの後お付き合いをすることに、ならなかった。
吊り橋効果というか、お互いを大事に思う気持ちが強すぎて、恋人とかを飛び越えて家族に近い存在になってしまった。
僕にとっての夏希先輩は憧れだったのも手伝って、僕は結局夏希先輩と正式にお付き合いをすることもなく、また夏希先輩も僕のことを弟以上の関係を求めなかった。
なんともまあ、呆気ない幕切れだった。
でも、夏希先輩を大事にするのだけは絶対、一生だ。
夏希先輩に誰か大事な、とてもとても大事な人が出来ても、僕にとって一番大事な女の人はきっと、夏希先輩。
夏希先輩が困っているなら、一番に駆けつけるって、神様にだって誓える。
僕が行ってもなんの役にもたたない状況だって、絶対に。
そして、夏希先輩はまるで侘助さんの後を追いかけるようにアメリカ留学をした。
OZで繋がっているので海外でもまるで遠くに感じなかったし、時々花札の勝負をしては負かされる日々。
佐久間と僕は同じ大学に進んだけど、学部は違う。
佐久間はプログラミング部門に進んで、もっとOZのシステム設計に携わりたいと言っていた。
行動力も実力もある佐久間らしくて、そんな友人が誇らしかった。
実際、佐久間は勉強をしながら色んな企業のシステムに関わっていた。
件のラブマシーンの時に作った佐久間のプログラムはかなり評価されていたからだ。
そして僕は、やっぱり数学部へ進んだ。
プログラミングも楽しいけど、僕にとってもっと楽しいのはやっぱり数字を見ている事だった。
佐久間と同じように僕のところにもいろんなプログラミングの仕事の話がきて、就職の誘いもあったけど丁寧に断った。
僕が頑張れたのは、全てあの状況があったからだ。
あの時、あの瞬間だったから、僕は頑張れた。
それ以外の僕は普通の人だ。

「けんじくんー」
「あ」

東京駅の待ち合わせ場所。
正面の出口から出てすぐの看板の所。
人並みの中、ひょっこりと姿を見せる背の高い、痩身の姿。
陽に焼けた肌と、穏やかな笑み。
待ち合わせの相手の声がする。
手を上げてやってくるその人は、僕の憧れの人。

「理一さん、お久しぶりです」
「久しぶり。と言っても半年ぶりか、身長伸びた?」
「あはは…一センチだけ…」

そうか、それはいいことだ。
と、言って快活に笑うその人は、夏希先輩の遠縁にあたるおじさん。
親戚関係が良好な陣内家では遠縁であっても、まるですぐ近い血縁のような関係であった。
しかし、家系図で見るとかなり遠い。
僕はその家系図には入っていないから、赤の他人と言えばそうなのだけど、そんな僕がこの人と関係が持てると言うのは凄い偶然だ。
あの夏の事件で知りあった人はみんなOZで友人関係になっている。
正直、夏希先輩と恋人にならなかった事で、僕はこの家とはもう関係が持てないとおもったのだけど、夏希先輩が全員に向かって、健二くんは私の弟なの、と言ったので。
力強いそれは、なんとなく栄のおばあちゃんを彷彿とさせた。
だからだろうか、みんながみんな、それならって言ったんだ。
そんな中、ひょんなことに理一さんとはよくメッセージをすることになった。
最初はびっくりした。
だって、理一さんは僕にとって憧れの大人そのものだったからだ。
物腰は柔らかく、自衛官らしく細身だけど逞しい体つき、柔和な笑みに時々見せるミステリアスな一面。
そのどれもが、かっこいい大人を体現していた。
僕が背伸びをしてもなれないような、かっこいい、僕の憧れ。

「悪いね、夏休みだろうに」
「いえ!そんな、それに、僕なんかでよかったのかなって…ぼくより、佐久間の方が盛り上がると…」
「君がよかったんだよ、健二君」

僕は健二君、君がいいんだ。
たどたどしい僕の言葉をやんわりとさえぎって、それでいて力強く言われては僕はもう何も言えない。
理一さんがそうだというなら、きっとそうなんだ。
この人はいつも正しいことしか言わないんだから。
夏の暑さだけじゃなくて、それ以外の理由でも顔が熱い。
褒められるのは慣れない、未だに。
あの事件で僕は大分、褒められることに慣れた気がしたんだけど、やっぱり気のせいだ。

「さて、それじゃあ行こうか」
「あ。は、はい!」

とん、と軽く肩を叩かれて、それから歩き出す理一さんの後ろを慌てて追いかける。
長野から東京に出るので良ければちょっと付き合って欲しい、とアザラシのアバターからメールを貰った時は心臓が飛び出るかと思った。
何に付き合うのかはよくわからなかったけど、せっかくの理一さんの誘いを断る理由はなかった。
それに理一さんが言うように夏休みで、講義はほとんどない。
時々、数学サークルの集まりはあるけど、だいたい数学の論文が発表された時だ。
アルバイトもやっているけど、案の定OZの保守点検と塾の採点のバイトだけなので忙しくない。
理一さんから指定された日は何も予定が入っていなかったので、ほっと胸をなでおろしたものだ。
隣に並んで歩きながら、今さらながら質問を投げかける。

「あの、理一さん」
「ん?」
「その…そういえば、どこに行くか聞いてなかったなーって…どこに行くんですか?」

理一さんと会うから、普段はあまり着ないシャツとカジュアルなジャケットを着ている。
よっぽどドレスコードに厳しいところじゃなければ入れるはずだけど、心配だ。
後になって冷静になれば、その時の理一さんは細身のパンツに濃紺のポロシャツだったので無駄な心配だったんだけど。
きょとんとした顔をして、それからすぐに口元を緩ませる。
あ、その顔は見覚えがあるぞと思った。
長野でのあの鮮烈な夏の日、どこ所属なんですかって聞いた時と同じ顔をしている。

「デートだよ、健二くん」
「……………へ」

さあデートに行こうか、ってやっぱり穏やかに、もう一度言った理一さんは僕の手を引いて歩きだす。
え、ちょ、ちょっと待って下さい。
って言葉は喉から出てこない。
ぐるぐる、頭の中で文字が廻っている。
デートって、誰が、誰と。
僕と、理一さんが。

「え?!」
「まずはインターメディアテクにでも行こうか。数学もいいけど、それに繋がるものがあるのはいいものだよ」

ほとんど僕に拒否権がないのを察して、夏希先輩の親族であることを痛感した。
そっくりだもん。
強引なところとか、僕を惹きつけるところとか。
まるで引力みたいだ。






燃え尽きる彗星







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