本棚5

□赤く熟して糖度が増していく
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HLでおきることは非日常の連続。
むしろ、HLという街そのものが非日常なのだからそこに日常を求めるのが間違っている。
と、わかってるんだけど。
吊り橋効果だって言われたらそれまでだと思うんだけど。
それでも僕は、クラウスさんに恋をしている。
そして、このなんでも起こる世界で起きた奇跡はまさしく一生分だ。
好きです、と口からついてでてしまった言葉を了承して、受け入れてくれたのだから。
あの時、あの瞬間まさに僕はこの世界で一番の幸福な男だった。
そして、今も僕はこの世界で一番の幸福な男だ。

「クラウスさん」

僕が彼の不意をつくのは、決まってプロスフェアーを終えたタイミングだ。
僕とクラウスさんでは、悲しいことに大変な身長差があるために不意をつくのは至難の技なのだ。
だから、クラウスさんが椅子に座っていて、プロスフェアーをしているクラウスさんを放置してメンバーが席を外している、このタイミングしかないんだ。
画面に向いていた視線が持ち上がって、パッチリと視線が合う。
緑の目が僕の細い視線と合う。
クラウスさんは目があったと思わなかったかもしれないけど、僕は確かにクラウスさんの視線に捕まったと感じた。
顎を上げて見上げる顔に距離を寄せて、犬歯の覗く唇にキスを落とす。
触れる、そう思った瞬間、冷たいものが目頭に当たって動きを止める。

「?…あ…」

閉じていた目を開けると、そこには眼鏡があって。
しまったなぁ、と思ったけれどそれよりも、動きを止めた僕に気づかずに目を閉じたまま顔を向けてくれているクラウスさんに思考は奪われた。
所謂、キス待ち顔というやつで。
それを至近距離で、どんなに近くたって焦点を合わせてくれてしまう神々の義眼のせいでばっちり見てしまって。
僕よりも身長も体格もよくて、かっこいい人なのに。
可愛くって胸がきゅぅっと苦しくなって嬉しくさせるんだから、ズルイなぁって思うんだ。
僕をこんなに翻弄して、本人はそんな気ないんだからズルイ。
そっと眼鏡を外すと、喉が上下に動くのが見えた。
緊張した雰囲気に、益々胸が苦しい。

「好きです、クラウスさん」

触れる間際に小さく囁くと、クラウスさんがぎゅうっと目を閉じたのを感じた。
唇も引き結んで固かったけど、顔を傾けて触れる面積を広げると柔らかく溶けていった。
結局不意打ちじゃなくなっちゃったけど、キスがしたかったのだからいいんだ。
驚かせたかったわけじゃない。
赤毛の隙間から見える目元が溶けていて、益々可愛い。
最初、あんなに恐ろしい人だと思っていたのに。
嘘みたいだ。

「…レオ」
「はい。…あっ、ごめんなさい。眼鏡、勝手に取っちゃって……」

持ったままだった眼鏡を差し出すと、クラウスさんは取るのを躊躇った。
そんなに目が悪いわけじゃないだろう。
なにせ、某違法ステゴロ格闘戦の時は外していた記憶があるし。
クラウスさんは視線をうろうろさせたかと思うと、おずおずという言葉が似合う手つきで僕の服を掴んだ。
その大きすぎるギャップに、思わず目を見開いた。
さっきよりも赤い顔で、クラウスさんが見上げている。

「レオ……その、……もういちど、してほしいのだが…」

ぼっ、ライターの火がつく音。
顔から火が出る音。
だから、そういうのが反則なんですってば。
そう言ってもきっと変わらないだろうクラウスさんの為に、今度は彼の頬に触れてキスをするんだ。






赤く熟して糖度が増していく





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