本棚5

□幕間のXXX
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レオスティ
エンディングのタップを教えてくれるレオスティちゃん



「タップダンス、ですか?」

言われた事をそのまま聞き返してしまうのは頭悪そうだなって思うけど、驚き過ぎてついつい僕は聞き返してしまった。
何の為かはわからないけど、ライブラの皆でダンスするのを撮影するっていう至極アバウトな事をしている。
その理由も、目的も、全然説明されないし予想もできないんだけど、ヘルサレムズ・ロットだと何でも起こってしまう。
ここはそういう街だ。
しかし、好きに踊ってくださいなんて言われて、しかも妙に僕の出番は多いし。
挙げ句の果てにタップダンスなんて、生涯一度もしたことないことを要求されるのは間違っている。
俺より出番が多いなんて生意気だぞ糞陰毛頭というシルバーシット先輩には是非とも僕のポジションを押し付けてやりたい。
押し付けようとすると逃げる天邪鬼の塊にはなにを言っても無駄なので、しかもタップダンスはほぼ決定事項らしくて。
僕には最初から断る事なんか出来なかったってことだ。
悲しいことに、僕に拒否権なんかないらしい。
それはそれでいつもの日常だけど、タップダンスなんか生で見たこともなければ聞きかじった程度の知識しかない。
新聞記者なのにという指摘については耳を塞ぐ。
仕方なしに一応練習してみるけれど、あっているのかもよくわからない。
動画を検索して見てみたけど、結局のところこれでオッケーなのかもわからない未知の世界。
ダンスとは縁遠い生き方をしてきた人間に酷い仕打ちをするものだ神様ってやつは。
幕の影でこっそりとため息を吐くのと、耳元で気配がするのが同時だった。

「平気かい少年」
「ひっ…!!す、てぃぶんさん…!!!気配消さないでください!」
「君が随分と集中していたからだろう?聞いたよ。タップダンスだって?」

大慌てで振り返ると、いつもと変わらない顔をしてるスティーブンさんがいる。
しかし、いつもと変わらないとはいえ急に人の気配がすれば誰でも驚く。
特にびっくり系のホラーが駄目な僕には有効的。
喉から飛び出しそうな心臓を抑えて見上げる。
やっぱり変わらない顔をしている。

「…聞いたなら話が早いです…ほんと、ダンスとか無縁でどうしたもんかって…」
「まあ、決定事項ならば君はやり遂げるしかないね」
「ですよね……」

あははは、乾いた笑い声を返す。
身も蓋もない、救いもなさそうな返事に返す言葉もない。
それしか言うしかない。
スティーブンさんは少し楽しそうな顔で幕の影に入ってきた。
他に人の気配はなくて、どうやら僕とスティーブンさんしかいないようだ。
だというのに、厚手の幕の間で隠れるようにしているとなんだか、いけないことをするみたいだ。

「俺が教えようか」
「えっ、スティーブンさん。タップダンスできるんですか?」

不意に予想してなかった台詞がふってきて、目を開く。
薄暗い空間に青白い光が一瞬灯る。

「まあね」
「凄い…スティーブンさんってなんでもできるんですね」
「君だってやろうと思えば何でもできるさ。若いんだから」
「そうですかね……」
「うん。さて、手始めにタップを教えよう。若者に教えるのは年上の特権だしね。教えられてはくれないか、少年?」
「むしろ、教えて貰えたら嬉しいです」

スティーブンさんは頷くと、僕の両手を握って持ち上げた。
なすがままにされていると、いつものちょっと何を考えてるのか予想できない顔で笑いかけられた。

「とりあえず、初歩のリズムを見せよう。手から伝わるリズムを感じるんだよ?」
「わかりました」

わん、つー、とリズムをとったかと思うと細身の体が揺れる。
タンッ、舞台の床を革靴が叩く音が響いた。
硬い音がして、それがさらにリズミカルに聞こえる。
きっと、スティーブンさんの靴がいつもの仕込み靴だからだ。
金属がはめ込まれた、エスメラルダ式血凍道の為の靴。
ほんの数秒のことだったのに、目の前でおきた出来事が永遠に思えた。
在り来たりな三文小説みたいなことしかいえない僕は、もしかしたら記者に向いてないかもしれない。
ため息のような呼吸。
その声にすら、時間が止まったみたいだ。

「これが出来たら格好がつくんじゃないか?」
「……」
「少年?おーい、聞いてるかー?」
「あ、えっ、と…はい!」
「なんだ、見惚れたか?」
「え!?あ、え、あ…は、はあ…その、えっと…」

からかうような口ぶりで言われた事はまるきり僕の状態を表していて、準備など出来ていない僕はすっかり慌てふためき動揺した。
それを上から眺めて、しかも手はがっちりと掴んだままだから。
この人ほんと、いい性格している。
あらゆる意味で。

「ふっ、はははっ!素直なのは美徳だぞ、少年」
「からかわないでください…っ」
「わかったわかった。さ、やってごらん」
「えっと…こう、ですか…?」

促されて、記憶を追ってぎこちなく動かす。
たんっ、たたんっ、たたたっ。
アタマの中では綺麗に動くスティーブンさんの足が浮かんでいるのに、耳に届く音はぎこちない。

「悪くない。今度は一緒にしてみよう。大丈夫、ゆっくりしてあげよう」

さん、はい。
というスティーブンさんの声に合わせて、聞こえるリズムに合わせる。
手から伝わる振動が一緒になる。
少し手を持ち上げられて、リズムを合わせられる。
子供に教えているような仕草だけど、スティーブンさんからすれば僕は子供みたいはものだからこればかりは何もいえない。
わかりやすく教えてもらってるから、文句もないんだけどさ。

「うん、覚えがいいなぁ少年。教え甲斐があるよ」
「ほんとですか!」
「動けるだけの筋肉があるのなら慣れだけだな。じゃあ、今のを二回繰り返してご覧よ。様になる」

今度はさっきよりも早く、少しだけいい革靴の音がした。
さっきの一人でよたよたしていたのが嘘みたいだ。
足元を眺めてタップを踏み、最後の音で着地。
自分でもいい出来だと思えたから、自然に緩んだ顔を上げる。

「どうですか!今のはけっ、こ…ぅ…」

と、想像以上にスティーブンさんと距離が近かった。
驚き、動きを止めるけど意味はない。
何故なら、明白な身長差のスティーブンさんと顔が近いなんてことは、スティーブンさんが屈んでくれるか、僕が踵を上げるかしかないからだ。
そして今は、スティーブンさんが屈んで顔を寄せていた。
あっ、と思うよりも早い。
ひんやりとしたものが唇に当たる。
かさついて、ざらりとしたなにか。
近過ぎて視界はぼやけている。
青白い光が満ちるほど、目を開いているっていうのに。
呼吸が戻っているということに気づいた時には、既に目の焦点があっていた。
いつもの距離に戻ったスティーブンさんが、笑っている。

「及第点、ってとこだね。さて本番は頑張ってくれよ、少年」
「はい…えっ、と…あれ…??」

ごく普通の会話に続きに返事をしてから、さっきの行動に対する疑問が溢れてくる。
いま、呼吸が止まるあれは、キスだった。
キスをされた。
なんで。

「ご褒美。もっとうまくなったら、もっとご褒美をあげよう。少年」

繋がれたままだった手を持ち上げて、今度は手の甲へ唇を寄せられた。
やっぱりかさついて、体温の低い唇だ。
それが、僕の手に触れている。
ちょっとだけ舌で舐められたみたいで、湿った感覚がした。
じわりと手のひらに汗が吹き出す。
きっと、顔も赤い。
幕の影は青白い光に満ち溢れている。
僕の義眼から零れる青白い光に。

「それじゃあ」

さあっと幕が避けられて、赤い布の向こうへスティーブンさんの姿が消えていく。
じわじわと青白い光が消えていく。
それと程なく、膝を抱えた。
なんて人だ。
飴と鞭がうますぎる。
こんなの、お預けみたいなものじゃないか。

「ご褒美…って、なんだろ…」

青白い光に照らされた、唇から覗く舌が。
忘れられない。




幕間のXXX





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