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□月の都になど帰すものか
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恐らく、この世で最も桜が似合う存在は三日月宗近の他に居ないし、存在しない。
惚れた欲目でもなく、公然の事実として。
春の庭で茶をすする姿は爺さんじみてはいるが、その美しい顔(かんばせ)を眺めながら見る桜は綺麗だ。
一等、美しい。
非番の日に襦袢のまま、三日月の膝に頭を預けて、顔と桜を同時に眺める景色が特に。
全てにおいて綺麗だが、俺が思うにこの景色が尤も美しい。
天上に住まうとされる天女ですら、この景色の美しさには遠く及ばない。
それほどに、この男の器は美しく、見惚れる。
髪を結ってもいない気の抜けた頭を緩やかに撫でられた。
互いを恋仲であると認識した当初は子供扱いされているようで癪だったが、今ではその意味をよくわかる。
甘やかされている。
確かに存在する年数を考えれば三日月の方がずっと長いが、俺もかなり爺さんの部類だ。
だから、甘やかされるのはむずがゆい。
そわそわする。
だからついつい、その手を取って口づける。
軽く指先を口に含んで、そのむずがゆさを紛らわしてしまう。
そうする行為がさらに自分の幼さを助長していることに気づくのは、おそらく先の話になる。
喉の奥で小さく笑われて、視線を三日月の顔へ向ける。
猫が鳴くような音であった。
「ん…ふふふ、なに。大したことではないさ」
「そうか?なら話してくれてもいいだろ」
「そうさな…指を口に含むなど、乳のみ子のようだと思っただけさ」
予想外の言い草に、唖然として二の句が継げない。
なんてこった。
よりによってガキ以下の存在に揶揄されてしまうなんて。
「ひでぇ…まあ、乳吸ってるのに間違いはないけどな」
面白くないので、暗に夜を匂わせると、三日月の目が細くなる。
細く長い下弦の月を思わせる瞳の奥に火が燃えている。
それを確認出来ればもうなんの不満もない。
俺を子供扱いしているだけじゃないのがわかれば、それでいい。
「なあ三日月」
「ん?」
「それより、もっと吸いてぇもんがあるんだけど」
「煙管か?」
「わかってるくせに狡い男だよなぁ…口、吸いたい」
「うむ。素直なのは良きことだな」
上から落ちてくる口吸いは柔らかく、花びらが触れるような刹那。
物足りないなと思うがまだ真昼間だ。
こんな縁側で淫に耽るには少々節度にかけるだろう。
「はぁ…よかった。三日月が、うちにいてくれて」
宵闇で染めたような黒髪を弄びながら、そう告げると三日月がゆっくりと笑った。
愛おしさがにじみ出てくるような笑い方だった。
ようやく、俺は最上の美しさを捕まえたのだと強く思った。




月の都になど帰すものか






四月八日
誕生花 イカリソウ
花言葉 あなたをつかまえる

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