本棚5

□氷の火傷
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「ふえぇ…アイスぅ〜…」
げぇむの真っ只中だが、ねいどが出ない限りは夏休みの延長のようなものだ。
さらに言えば一つげぇむが終わった所で、休憩をするべきタイミングだろう。
しかし、木陰で大の字で伸びて氷菓を媚びるもんじゃない。
「ふえ…アイス…アイス食べたい…」
「そこらの店に行ってとってきな、兄ちゃん」
「もう一歩も動きたくない!!フエ行ってきてくれよぉぉーーー!!」
じたばた、もんどり打つような仕草はひっくり返ったカブト虫のようだ。
呆れを隠さないで木の陰から見上げる。
小学校五年生の11歳の少年らしいといえばそうだが、本当にこいつは利用出来るのか疑いたくなる。
しばらく手足をバタバタさせていくるのを見ていると、ついに電池が切れたように動かなくなった。
諦めたんだなと判断して、さらにそのまま放っておくことにした。
げぇむの進行役だが甘やかしてやるのは役目じゃない。
静かなのはいいことだ。
兄ちゃんは姿が見えようが見えまいが姦しくってしょうがねぇ。
さて、暫く眠るとするか。
影の中で横たわって目を閉じる。
蝉の声が遠く、雨の音にも聞こえる。
さぁ眠りに落ちる。
そう思うのに、どうにも頭上が気になって困る。
静かなのはいいことだけど、静か過ぎるというのは考え物だ。
普段が黙って欲しいほど五月蝿いとなおのこと。
影から身を乗り出して、横たわったままの兄ちゃんを見下ろす。
「兄ちゃん?」
返事はない。
生身の体など久しく存在しないので忘れがちだが、水分を取らないとヤバイんじゃなかったか。
兄ちゃんが駄目なら次のぷれいやーを連れてくればいい。
次の奴に俺のからだを取り返すように誘導すればいい。
のに、ため息を吐いて、影を潜って移動してしまう。
多聞三志郎という少年は、俺の予想通りにまるで動かないのだが、その予想外な所に可能性が見える気がしてしまう。
だからだろう、わざわざ氷菓をくすねてきてやるのなんか。
影から顔を出して、肘をつく。
横たわるポーズはまるで変わってない。
大の字で伸びて、目を閉じている。
「兄ちゃん」
「………」
返事はない。
「兄ちゃん」
「………………」
二度目の問いかけにも返事はない。
ため息を吐いて、冷気を放つ袋を開ける。
ぴく、と体が動くのが見える。
「俺が食っちまうぞ」
「食べる!!」
言葉を全部言うよりも早く飛び起きた兄ちゃんは、目をキラキラさせている。
氷菓一つでそこまで喜べるなんて子供はお手軽でいいもんだな。
手を伸ばしてきたのでそのままくれてやってもいいが、そのお手軽な子供に振り回されたままなのは癪だ。
氷菓を上へと持ち上げて小さな手から逃げる。
「あ!?なんだよフエ!!!」
「おいおい兄ちゃん…俺をパシリにしておいて礼の一つもねぇのかい?」
「あーりーがーとーうー!」
「心がこもってねぇなぁ」
「それよりアイス!溶けちゃうだろーー!!」
懸命に手を伸ばすそれから逃げながら手元を見れば、確かに随分と結露が出来始めてる。
すっかり暑さはわからない体だが、玉のような汗をかく兄ちゃんの顔を見れば夏日なのは明白。
開封されたままの袋から、水色の氷菓を抜き出す。
それにさらに目を輝かせる兄ちゃんはまあなんとも素直なことで。
木の持ち手を渡さず、水色の氷菓の先端に顔を寄せて、大きく噛り付いた。
「あーーーーーー!!!!」
耳をつんざく悲鳴を無視して噛み砕く。
飯の必要はないし、食った所で消化する器官もないので影に消えていく。
信じられないって顔をしてる兄ちゃんの黒のタンクトップの首元をつかんで、引き寄せる。
えっ、て言いたそうな口に噛み付いて、口の中で溶けかけている小さくなった氷の塊を受け渡す。
僅かにふれる小さな舌がまるで怯えるように震えた。
「ん、んん……ふ、フエ!?」
「パシリはこれでチャラにしてやるよ、兄ちゃん」
「は、はあ?!それより他に言うことあるだろーー!!??」
「おお、ごちそうさん」
すっかり騒々しさを取り戻した兄ちゃんの手に齧った後の残る氷菓を押し付けて、影に潜り込む。
けんけんごうごう、わめく声はやまないが、合間に噛り付く音がする。
まったく、素直なのはいいことだ。
今度こそ一眠りするために瞼を閉じる。
すると、今度は直ぐに意識は泥濘に溶けて行ったから、やはり少しの騒がしさは眠気の為には必要なのだと実感した。
次のげぇむの褒美は、何をくれてやればいいだろうな。





氷の火傷





9年目おめでとう
まさかの当時と逆になってるとはさすが妖逆門だな逆東京だな!!

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