本棚5

□悪徳の喜び
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「公一、僕らの可能性の話をしようじゃあないか」

パチパチ、瞬きをしてから首を傾げる。ちょうど口に含んだ所だったオレンジジュースを飲み込んでから、僕はようやく彼に返事をした。

「可能性って?」

僕の親友であるビーティーが突拍子もない話をするのは、何も最近の話ではない。
初めて出会った時の突然呻いて、産まれると言って口から小さなボールを吐き出すマジックをして見せたあの時の比べたらなんでもない。名前を呼んでから話をしてくれる今の方が、まだ心の準備ができるというものだ。
しかし、今日もまた話の出だしがぼんやりとしている。ゴールが見えない話ほどヤキモキするというのに、ビーティーは変わらずにそうやって突拍子もない言葉から話を始める。
僕を煙に巻いて楽しんでいるのはわかるのだけど、付き合わされるこちらの見にもなって欲しいよ。言っても無駄なの、わかってるんだけどさ。

「なぁに、別に難しい話をしようってわけじゃあないさ。僕らの将来設計の話と言っても間違いじゃないな」
「将来の夢ってことかい?」
「そう言われるとまるで作文のテーマになってしまうな」

僕より大人びた態度や顔つきをするビーティーが、むくれた顔をして唇を尖らせる。
カッコつけて言った事をかなり簡単に、さらには幼さを感じる言葉に変換されてしまったのが気に入らないようだ。
僕はあまり言葉のバリエーションがあるわけじゃないから、自分のわかる言葉でじゃないと理解が出来ないんだ。なるべく君の言葉をすぐに理解出来るように頑張るから、ちょっとだけ我慢してほしいな。

「可能性だって充分に作文がかけそうだけどね。それで?どうしてまたそんな話をしたいんだい?」
「公一は、カッコいいね」
「おっ…お世辞はいいよ…!」

再びオレンジジュースに口を付けようとした所で言われた言葉に、汚いけど噴き出してしまうかと思った。
突拍子もない話に、さらに唐突な発言で、僕の頭が追いつかない。
僕がカッコいいなんて、可能性とか夢とか将来の話をしている時に言う話じゃあないし、まず僕はカッコいい所なんかない。

「自己評価が低いんだよ、公一は。それで自分の可能性を潰しちゃうのは、勿体無いよ」

瞬きをする。
思ってもみない言葉の連続で、頭が追いつかない。
とても、褒められている気がする。

「なんだってなれるよ。新聞記者にも、俳優にも、総理大臣だって」
「それは、流石に言い過ぎだろう…!」
「可能性は無限にあるってことさ。勿論、合う合わないはあるよ。けど、柔軟さ、情熱、さらに悪徳の喜び、こういう小さな真実は論理よりも重要なんだよ。僕らはそれを天真爛漫に実践する。それが僕たちを美しくする。僕たちは、繊細だ。僕たちの指はしなやかで、秘めやかな、ほとんど液体状の植物の枝のように、自在にのびていくよ。きっと、それが可能性って意味さ」

後半の演劇の台詞のような響きに、おや、と思う。
これは、もしかして劇の練習に巻き込まれたのかもしれない。
涼しい顔をしてアイスコーヒーを飲むビーティーを見ながら、何を考えているのか図ろうとするんだけど、うまくいかない。

「ねえ、ビーティー」
「なに、公一」
「今度の役はどんな役なんだい?」
「さあて、なんだろうね?」

はぐらかす君の、なんと楽しそうなことだろうか。
巻き込まれた僕が腹をたてないとわかってやっているから、いい性格をしているよ。
そんな君が大好きなんだけどさ。
だから、腹もたたないんだ。

「僕は…また君のケイパーに巻き込まれたのかな?」
「さてね、なんの話だろう。僕が君を巻き込んだことなんかあっただろうか」
「………ああ、うん。僕が、君に付き合ってついて行っただけ、だね」
「ふふっ、好きだよ。公一のそういう優しいところ。さすが、僕のパートナー」

にこやかに笑うその顔は、ただの同い年の少年なのにね。
でも、君は確かに魔少年だ。
僕をこんなにドキドキさせて惑わすんだから。








RT TristanTzarabot:
だが、柔軟さ、情熱、さらに悪徳の喜び、こうのような小さな真実は論理よりも重要だ。僕らはそれを天真爛漫に実践する。それが僕たちを美しくする。僕たちは繊細だ。僕たちの指はしなやかで、あの秘めやかな、ほとんど液体状の植物の枝のように、自在にのびる。

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