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□嵐の一呼吸前
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海沿いの村のため、突風や強風には慣れている。
山肌を添ってくる北風にだって簡単には負けやしない。
それは村の連中も心得たもので、吹き飛ばされないように縛り付ける術を知っている。
木々も、作物も、船も。
全ては先人から伝えられて、今を生きる者がよりよい形に改良して。
それでも、人の心の内まではどうにも強くなれやしない。
そこだけは、成長を見せる事も出来ずに、水平線を眺めるばかりだ。

「お」

村の年寄り連中の様子を見に行って、行った先の家で大物のブリをもらった。
先日買ったばかりの大根もあるので今夜の夕食の献立は決まったようなものだ。
ブリがあって大根があれば、ブリ大根を作らない手はない。
生姜があっただろうか。
なければなんとか薬味の代わりで代用しよう。
一人身も短いわけではないので、夕食の献立を考えるのはお手の物だ。
悲しい事に一生を付き添ってくれる相手は根なし草。
そして、そうしてほしいと願う相手は、縁側で潰れている。

「おい、ギンコ」

家の表、入ってすぐの開け放たれた縁側。
頭だけ日陰に突っ込むようにして、客は寝ていた。
いつもそうやって寝ているが、少々無防備すぎやしないかとため息を吐きつける。
齢は同じほどの当の昔に成人している男だから、何かしらの乱暴を働かれることはないだろうがな。
村には窃盗を働く粗忽者はいないと願うが、この男が扱うモノは薬にも毒にもなりうる代物だ。
扱うモノは違えども、それは医家と似ている。
おれたちの扱う薬だって、量を誤れば毒になりうるのだ。
生業にして苦ではない所は、よくよく似ている部分なのかもしれない。

「おい」

しばらく待っても返事がないギンコに再度呼びかける。
肩をゆすってやっても、返事はない。
白髪の先が風に吹かれて揺れている。
庭の少しばかり高くなって、いい加減草刈りをせねばとあぐねいている草木が揺れて音がする。
ああ、突風が来ると感覚でわかる。
やおら吹く風は、海から家の中を駆け抜けて山へと消えていくようだった。
バタバタ、バタ、着物の裾がはためく。
それでも、ギンコは起きない。
顔を寄せてみれば、少しばかり目元に隈があるのが見て取れた。
ここへ来る途中、寝れぬ事情でもあったのかもしれない。
それを解決してから来たのだ。
蟲によるなんらかの出来事を放り出したまま来るような男ではない。
夜にのみ生きるものだろうか。
それは、俺が聞いたら話してくれるのだろうか。

「はあ……お前はいつだって、変わらないなぁ」

俺が尋ねでもしない限り、何も話してくれやしない。
あれはどうだ、これはどうなんだと言うのは別段いいのだが。
少しはこちらの心配を解消する努力をしてほしいというものだ。
それを言えば、待ってなくたっていいんだぞと返事をよこすのだから、なおのこと薄情なやつだ。
好きだと、友愛以上に告げて、友愛以上に触れているというのに。
だが、そのすべてが仕方がないのだ。
そう言って自分を慰めていないと、待つだけの日々が人恋しくて仕方ない。
もっと頻繁に来い。
せめて文の一つは寄越せ。
言ってもききやしないだろうけど。

「いい加減起きろ、ギンコ」

まずは文句を言おう。
家主をほったらかしに眠りこけている事、それから労って、飯を食って、それから。
なんだっていい。
半年ぶりにやってきた、十年来の恋仲を揺り起こす。
そうしてようやく、俺の好む不思議な色をした瞳と目が合うのだ。
その目を見るとどんなに年数共にいようと、胸がざわつく。

「よおギンコ。おはよう」









嵐の一呼吸前





突然やってきて突然去るお前は、突風に似ている。

マイ様
遅くなっております。
リクエストありがとうございました〜!
ついでのように化ギンも書いてみたのですが
ギンコずっと寝てるんですよね
でも、そうやって気を許せるのは
最大の譲歩だと思っています。はい。

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