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□尊い君に誓う
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「公一は、エーデルワイスって見たことある?」

隣を歩く友人から振られた話題は突拍子もないが、それは今に始まったことではない。
三年間を共に過ごしている僕としては、いつも通りの友人の言動だ。

「エーデルワイスって?」
「なんだよ、そこから話さなきゃいけないのか」

呆れた顔をして短いため息を吐く彼は、紫の鮮やかな髪を撫でている。
紫は地毛なんだという言葉をうのみに出来ないのは、彼が魔少年だからだ。
軽々と、息をするのと同じように彼は嘘をつく。
それは人を傷つける嘘ではなく、驚かせる嘘だ。
ハッタリとも、ブラフとも言える。
とはいえ、実際彼の根元まで紫色をした髪は地毛なのは間違いない。
整髪剤のにおいもしない、柔らかくふんわりと空気を含んだ髪。
その髪の根元を覗き込むのが許されるぐらいには、僕らの距離は近い。
意識をしないと、近くに寄りすぎてしまう。
僕らはお互いの事が好きだ。
特別にドキドキして、特別に心を許して、恋をしている。
恋、という言葉に、心臓が跳ね上がる。
恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちが一緒に湧き上がってきて、どうしようもなくなってしまう。

「花の名前だよ」

ビーティーの声に、我に返った。
随分長い時間考え込んでいたと思ったけど、実際は一瞬にも満たない時間だったようだ。
学校帰りで、学帽を被ったビーティーが小首を傾げて振り返る。
ほんの数歩前に居る彼の隣になるように歩を進めて、彼の言葉を繰り返した。

「花の?」
「そう。音楽の授業でも聞いたことあるだろ?エーデルワイスは花の事をうたった曲さ」
「へえ、そんなのあったかな?全然覚えていないや」
「君はあまり音楽に興味がないね」
「楽器を弾くのは面白いと思うよ。でも、僕は歌も上手じゃないし、音楽の歴史もよくわかんないよ」

作曲家の話とか、音楽の種類とか。
音楽のテストは特別に苦手だ。
日常生活でこんなに難しい単語を聞くこともなければ、見る事もないのだから。

「まあ音楽の話はどうだっていいんだ。エーデルワイスってのは白い花でね、高山植物なんだ」
「こうざん植物?」
「高い山、こうざん。雪山で見る高貴な花をエーデルワイスという」

ビーティーは足元も軽やかに、エーデルワイスを語る。
彼の言葉でしか想像するしかない僕は、なんとなく白い花なんじゃないかと思う。
白くて、花びらは多くない。
手の平に納まる白い花だ。
きっと、ビーティーが持ったら似合う花。

「色は白」
「あ、当たった」
「おばあちゃんの伝手で貰ったんだ」
「へえ!」
「でも、駄目だね。僕は育てるのは苦手だ。枯らしてしまった。花が咲く前に」

なんでもないって顔をしている。
けど、落ち込んでいるのはわかった。
君はプライドが高いから、簡単には弱みを見せてくれない。
だからこそ、僕は君の思惑を汲み取ってあげたいと強く思う。
君が口にしない全てを理解していたい。
ビーティーは嫌かもしれないけどね。

「気候や気圧もあるのかな…でもね。僕はそういうの、いいと思うんだ」
「それって、どういう意味?」
「高山でしか咲かない花、穴の中でしか生きられない生き物、水の中でしか生きられない魚たち、夜でしか生きられない者」
「…どういう意味?」

思惑を汲み取りたい、と決意した途端に二度も訪ねてしまった。
先は長い。
君の一を十にするには、まだまだ時間がかかりそうだ。
歩みが落ち着いて、ビーティーが隣になった。
ほんの少し見下ろす彼は、紫色の目を細めて笑う。

「生きる場所が限定されているのは、わかるよ」

笑っている。
けど、この笑い方は全部隠しているポーカーフェイスだ。
それだけは分かる。

「そんなこと、言わないでよ」
「そんなこと?」
「どこに行っても生きていけない、って言ってるように聞こえるよ」
「ふふ、君も詩的な事が言えるようになったね、公一」
「茶化さないで」
「…じゃあ、言ってよ。僕の隣で生きてって」

茶化さないでって言ったのに、おどけた口調で言う。
僅かな沈黙が、嘘ではないのだと証明している。

「いいの?」
「なにが」
「ぼくの隣でいいの?」
「………君は、嫌なのかい」
「いいや、僕は君の傍がいい」
「!……即答しちゃって…後悔するよ」

自信満々、精神的貴族だって言い切るプライドの高い君。
僕の前でだけは何故か、自分を粗末にする君。
その全部が好きだって、何度だって言う。
神様に誓ってもいい。

「後悔なんかするもんか。僕は、君を好きになった事を後悔しないよ。だから………ビーティー。君も僕の事を後悔、しないで…」

男らしく言い切りたかったのだけど、言葉の終りは自信が無くなってしまった。
彼を守りたいと願う僕はまだ弱い。
強くなるまで傍に置いて欲しいんだ。
見捨てないでと願うのは、僕の方だ。

「嗚呼…ああっ、公一…君は、本当に僕の」
「君の、こ…恋人、だよ」
「…ッ、ああ、もう…最高だ!なんていい日なんだ!」

泣き出しそうに顔を歪めたかと思うと、笑いだした。
今度は、心からの笑顔。
僕の大好きな、大好きな笑顔。

「僕も君を愛しているよ公一、この世界で最も愛してる!神様に誓って!」







貴い君に誓う





2015年2月13日金曜日13時13分
誕生花:エーデルワイス
花言葉:高貴

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