本棚5

□小型犬の躾け方
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結城夏野は死んだ。
そして、起き上がった。
事実を淡々と述べれば述べるほど、その意味は残酷だった。
村の外へ出たいのだと語っていた彼をわずかながらに知っている俺は、その起き上がったという事実に少しだけだが安心した。
死人が再び起き上がって生前と同じように行動をして呼吸はなくても喋るだなんて、ホラー映画の見過ぎだと笑われそうだが、実際この外場村では起きていることだ。
医者としてそれを認めるわけにはいかないが、事実目の前の少年の心肺停止を確認した俺は、認めざるを得なかった。
神様ってのがいるのなら、大層意地が悪い奴の事を言うのだろう。
仏も信じちゃいないが、確実にこの災厄を救ってくれないのは、寺の息子が実証済みだ。
考えれば考えるほど意味はわからないし、頭痛は酷くなって酒とタバコは増えるばかり。
そして、今最も頭を痛めている理由は、そんな災厄とはまるで遠くにあるような悩みだったりする。

「夏野君」

二階の窓際で燦々と降り注ぐ太陽を浴びている人狼に、俺は努めて冷静に声をかける。
相手は子供、相手は子供、と何度も胸の中で唱える。
そうでもしないと感情的に怒鳴ってしまいそうなほど、俺はそれなりに頭にきていた。
三十二にもなってこんなに癇癪を起すような怒り方はしたくないのだけど、いい加減にうんざりだった。

「なに、先生」

こちらを見る少年は、やっぱり普通に動いているし、とてもじゃないが一度心停止したようには見えなかった。
人狼は死なずに人外へと変異しているから体温もあるし、鼓動も動いてる。
主な栄養源が血液であることを除けば、ご飯も食べられた。
ほとんど変わりがないせいで、俺はついつい彼を高校生として甘やかしてしまうのだけど、叱ることも大人の役目であると思い出す。

「何か言う事があるだろう」
「………ごちそうさまでした」
「そうじゃない!」

思いっきり腕を振り上げて、小ぶりな頭を叩く。
拳骨ではないが、平手だったのでいい音がした気がする。

「いてっ!なんだよ!叩くことないだろ!」
「叩かれて当然のことをしてるって理解しなさい!!!」

もう一発食らわしてやろうと思ったが、それよりも先に腕を掴まれた。
細い腕が握る手は強く、思わず顔をしかめた。
元から筋肉質と言うわけではない腕は、連日連夜の無理がたたってすっかり骨のようになっている。
そのせいか、骨が軋むような感覚があって、反射的に折れると思った。
悪寒にも似た感覚。
しかし、想像した痛みは訪れない。
夏野君が青ざめた顔をして俺を見ている。

「っ…せんせ…ごめ…っ」
「あー…いや、平気だ。夏野君、平気だよ。ほんの少しだけ、強く握られただけだ」

さあっと体温が下がった手をゆっくりと掴んで、固まってしまいそうな指を一つ一つ解いていく。
先ほどのふてぶてしさはどこに行ったのか、すっかり意気消沈といった風だ。
手を軽く揉んで、それから握る。
指を絡ませるようにしてやれば、俯いていた顔がぱっと上がってくる。
猫のような気まぐれだと思っていたけど、餌を上げればすぐにしっぽを振ってくるのは犬のようにも見えた。

「じゃあキスマーク付けていい?」
「それとこれとは話が別なんだよ夏野君」

再び首筋に吸い付いてきそうな顔を引きはがして、深く長くため息を吐いた。
首だけじゃなく腕に、腹に、足に、際どい個所に。
ついた鬱血の跡を虫刺されと言うには厳しい。
甘やかしている自覚はある。
だからこそ、しつけに失敗したなと思うのだ。
飼い慣らして有力な仲間になるかは、案外俺の手にゆだねられているのかもしれない。





小型犬の躾け方







マイ様
すっかり忘れたころのサンタクロースで恐縮です。
ギャグだったのですがギャグっぽくなっているかはわかりません。
が、精一杯きゃっきゃしていると思います。
せっかくなので化ギンも書かせてくださいませ〜!
リクありがとうございました!

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