本棚2

□ロベリアを君に
1ページ/1ページ




「すーがわーらくん」

聞き慣れない呼び方に、聞き慣れない声に、けれど確実に自分の方向に向かってかけられただろうその呼び名に、振り返らない方がよかったんだ。




◆ロベリアを君に◆




「及川…徹…?」

烏野高校ではない、青葉城西の学校章の入ったブレザーを着て、ニコニコと笑う男の名前を絶句するような想いで絞り出す。
青葉城西とは、決して学校は近くない。
それに、北川第一もそんなに近いとは言えない。
ちょっと足を延ばしてショッピングするような場所もない烏野に、及川がいる理由がわからなかった。
加えて、及川が自分の名前を知っている事も混乱に拍車をかけた。
俺が彼の名前を知っているのは流れとしては当然だろう。
なんたって、あんなに強烈なインパクトを残してきたんだ、忘れられるわけがない。
あの時の試合では彼のセッターとしてのプレイは見られなかったけれど、あの天才と言っても過言ではない影山を作った人物に、興味がないといえば嘘になる。
ニコニコ、笑みばかりを浮かべた彼の思考が読めなくて戸惑う。

「あれ?烏野高校の菅原君であってるよね?」
「そうだけど…」
「俺は、名乗った方がいいかな?」
「…いいよ。知ってるから」
「そっか、よかった。忘れられてなくて」

不信感を隠さずに言ったのに、対照的に笑顔の及川に拍子抜ける。
月島を集中的に狙う意地の悪さや、宣戦布告をしてくる不遜さに苦手意識ばかりが先立ってしまっていたけれど、実際に喋った事ない状態で決めつけるのは早計だったかもしれない。
それでも、ひたすらにニコニコと笑みばかりを浮かべている彼に対する警戒ばかりは解けなかった。
頭の中では赤いラインがチカチカと光って警告している。
ふと、視線を感じて見回せば、同じ学年で見かけた事のある女子の視線があって、居心地の悪さを覚える。
俺を通り越して及川に向けられた視線なのはわかっているけれど、それでも一緒に居る身としては居たたまれなかった。

「何か用事?それとも、影山?影山への用事なら内容によっては取りつがないけど」

なるべく手短に用事を済ませてしまおうと要件を問う。
用事があるならば俺よりもずっと影山の方があり得る。
けど、影山も苦手意識があるような奴だ。
そう簡単に取り次いで合わせてやる気はない。
後になって思えば、防衛本能に近い。
及川の弧を描く目は、カラスを撃ち落とす狩猟を楽しむ目に思えて仕方ないから。

「…ふーん、飛雄ちゃん、そっちでは随分と可愛がってもらってるみたいだねぇ」
「嗚呼、自分が可愛がらなかったって言う認識はあるんだ」

思わずでてきた嫌みは、自分らしくない。
けど、押さえきれない衝動はそのまま流れだしてきて止まらない。
目の前に居る男にとっては影山は横暴な王様でも、今の影山はたった一人でコートに立ち続けた王様じゃない。
それを知りもしないで勝手に決め付けられるのは、些か不本意だ。
とっくに身内になりつつある後輩を守ろうとするにしては、少し過剰な反応かもしれない。
だが、それでも笑みを絶やさない及川にはそれでも足りないような気がした。
さらに深くなった及川の笑みは、緩やかな線を描く目元の奥の眼球だけは笑ってない。

.「うん、まぁでも。今日は飛雄ちゃんじゃないんだよね」
「…マネージャーも出来れば遠慮してやって欲しいだけど」
「んーん。あのね、今日は君に用事があったの」
「俺に?」

自分より、頭一つは大きいであろう彼は必然的に見上げることになる。
十センチは違う彼の視線が、平行に近くなり、反射的に身を引くけれど、それを追いかけられてしまって結局後ずさりは意味を成さない。

「し、あい…とかなら、俺じゃなくて主将に…」
「うん、あのね。菅原君ってセッターでしょ?俺と同じ。で、三年生でしょ?俺と同じ」
「そうだけど…それが、…なんなの」

足元から這い上がってくる不穏な気配に、背筋に汗が伝う。
逃げ道は後ろにあるはずなのにその後ろの道も頼りがいがないような、濃い霧に包まれてしまった様に、周りの風景がぼやける。
蛇に睨まれた蛙に近い感覚。

「君に、興味があるんだ」
「おれなんか…影山みたいに才能があるわけじゃない。普通の高校生だよ」
「君が特別だからじゃないよ。俺はね?」
「なに…ッ」

視線を逸らした瞬間、強く腕を引かれてバランスを崩す。
何の準備も対策もなかった自分の身体は、簡単に及川の方へと引き寄せられてしまって、それにさらに悪い予感が募る。
なにか、俺にとってよくない事が起こる予感がした。
ほんの少し動けば、そのまま触れてしまいそうな距離に、息をのむ。

「君を、好きになったみたいなんだ」
「…は…?」

耳から入り込んだ音は、一緒に不穏な気配も身体に入りこませたようで、身体が一気に冷えた。
及川の言う言葉が理解できないわけじゃないけれど、反射的にその意味を受け入れる事は危険だと思った。
明らかに、その言葉には友人以上の意味が含まれていることが明白だったからだ。
捕まったら最後、逃げられないと直感で思った。
それも、もう遅い。
腕はしっかりと掴まれていて、視線だって逸らせそうもない。
形のいい唇が開かれるのが、スローモーションで見えた。

「俺と、付き合ってよ。菅原君」

嗚呼、畜生。
性質の悪い冗談だと、言ってくれ。












10月30日の花はロベリア
花言葉は「悪意」「いつも愛らしい」
かつ、10月30日は初恋の日らしいですね。
及川にとっての初めて本気で恋をするのがスガさんだといいなという願望と
本気過ぎて怖い及川が書きたかっただけです。
誕生日に捧げるにしては少々、及→菅感が否めないですが祝う気持ちはあります!




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ