本棚2

□熟れた果実
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春を通り越して、季節はすっかり秋になってしまった。
気が付けばこんな時期なんだなと、ヤカンの火を止めながらぼんやりと思うと、玄関から音がして、来たなと思う。
慌ただしい足音を聞きながら、そんなに急がなくても逃げないのにと微笑ましくなる。
そんなに広くないアパートなので、音はすぐにやってきて、息を切らした西谷が騒がしさそのままに現れる。

「スガさん!」
「いらっしゃい、にしの、っ?!」

立ち止まることなくそのままの勢いできた西谷は、俺を抱きしめるだけじゃ止まらずそのままキスしてきて、思考が驚きでフリーズする。
触れるだけのそれはすぐに離れてしまったけれど、寒さのせいかすっかり冷えた唇の温度は鮮明に残っている。

「西谷…お前な…」

じわじわと恥ずかしくなって、熱くなる耳と頬に、さらに恥ずかしくなる。
けれど、西谷の前ではそういう恥ずかしさも全て無意味なんだ。

「だって、半年ぶりなんですもん。我慢なんか出来ませんよ」

ニカ、と太陽のような笑顔を向けられては、怒る気も失せてしまう。
西谷と先輩後輩の関係から、恋人になったのは、卒業の時から。
卒業と同時に、これで最後にしようと思って、西谷に好きだと言ってみた。
それも、かなりずるい言い方で。
本気の言葉にも出来て、後輩や友情としての意味にも出来る、そういうやり方で告白をした。
臆病な俺は、逃げ道を作った上でそうやって不誠実に想いを告げようとしたんだ。
けれど、西谷にそんなのが通用するはずもなくて、ぐいと胸元を掴んで顔を寄せられ、どういう意味ですかと問われた。
どういう意味だなんて、それを明白にするのは恐ろしい事だ。
はっきりと口にしてしまえば、これから先、二度と西谷と会う事は出来ない。
そんな事になるのなら、一生胸にかかえて墓まで持っていった方がマシだ。
それなのに、真っ直ぐにその隠そうとしている胸の中、腹の底まで見透かす様な目で西谷が見据えてくるから、どうしていいかわからなくなってしまう。
もし、それが俺とキスしたいと思う意味なら目を閉じて下さい。
有無を言わせない視線と言葉に、言葉の響きに、意味に、瞬きがゆっくりになっていく。
指し示してくれる逃げ道に、甘えていいのだろうか。
緩慢に目を閉じた瞬間、呼吸を奪われるキスをされて、手足の先まで痺れるような感覚に見舞われた。
稲妻を全身に浴びるような衝撃に、頭がくらくらする。
『好きです。俺も。菅原さんの事が』
見事に、逃げ道を封鎖されてしまった俺は、そうして西谷とお付き合いをすることになった。

それから春休みはまだよかったのだけど、大学生になっての4月は当然のように忙しくて、やることがたくさんあり過ぎた。
それを察してくれたのか、西谷はあまり頻繁にメールをする事も電話をする事もなかった。
けれど、連絡したいと思った時には電話が来るので、本当に西谷はよく出来た恋人なのだとしみじみ思う。
西谷にかかれば、なんでもお見通しなんだ。
だから隠し事なんかは意味をなさない。
隠したい事なんか何一つだってないけれど。

「本当はもっと早く来たかったんすけど、テストもあったし、スガさんまだ忙しそうだし」
「うん、ごめんな」
「スガさんが謝る事なんかないです!そりゃ、俺ばっかり寂しいんじゃないってのだって、わかってるんす…だから、今日は充電さしてください」

そう言って、またちゅぅと軽やかな音を立てて唇を奪われてしまって、俺はもう何も言えないじゃないかと内心溜息をつく。
さらにそのまま追撃してきそうな唇を押しのけて、早速不埒に動く手の平を押さえつける。
なんだその手は、どうして服の中を弄ろうとする。

「西谷」
「スキンシップです!」
「服の中に手を差し込むようなスキンシップを俺は知らないんだけど…!」
「俺はキス以上の事したいんです」
「そっ…そういうのは、心の準備が…」

西谷の言葉に、意味に、耳まで血液が沸騰する感覚。
キスより先なんて、わかってはいても、思いきることなんて出来ない。
西谷には一度も言った事ないけれど、お前に抱かれたいなんて思っているなんて、なおさら言えなかった。
それを言ってしまったらもう後戻りなんか出来ない。
じっと視線を逸らさない西谷に、先に耐えられなくなったのは俺だった。
年下なのに、西谷の視線は有無を言わさなくて、優しい。
ふっと笑う気配にそろりと視線を戻せば、それを見計らってまたキスされた。

「ん…っ」
「がっつき過ぎて、すみません。でも、俺、凄い菅原さんの事好きなのは、忘れないでくださいね?」

俺よりもずっと下にあったはずの目線は、いつのまにかあまり変わらない所に合って、息をのんだ。
しばらく合わないうちに大きくなって、これ以上大きくなられてしまっては、勝てる処が何もなくなってしまうじゃないか。
確実に男前に成長している後輩に折れて、キスより先をしてくれと言わされるのは、そんなに先の事じゃないかもしれない。

「菅原さん、トマトみたいに真っ赤っすね」



●熟れた果実●




遅くなったけどノヤさんハピバ






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