本棚2

□エクリプス
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明るい明るい原色。
混じりけのないその色は、秘密の合図。






□エクリプス□







今日は淡いクリームイエローのシャツを着ていた。
強豪だった頃の名残で大きな部室では、一年生も一緒になって使われている。
ホームルームを終えて部室へと向かえば、そこにはすでに数名の部員が居る。

「失礼しまーす」
「うーす」

帰ってきた返事の中に恋人の声を見つけて、視線を上げる。
三年生に混じってすでに着替え始めている菅原さんに視線を少しだけ向けて、見える色を確認する。
今日は淡いクリームイエローのTシャツで、背中には控え目なプリントがされていた。
音楽を聴いている菅原さんのことだから、何かのライブTシャツかもしれない。
あまり音楽には詳しくないからわからないけれど、その色を確認して一年の置場にようやく視線を戻す。
そうしてから支度を始める。
菅原さんと付き合ってから、それが日課になったのは、サインを逃さない為だ。

「じゃあ先に行ってネット立てとくぞー」

にこやかに笑って部室を出ていく菅原さんに返事をして、急いで着替える。
さすがに先輩に先に準備をされるわけにはいかない。
特別に上下関係に厳しい烏野ではないけれど、その中でも菅原さんは特に優しい。
甘いと言った方があっているかもしれない。
だからこそ、後輩としてきちんと仕事はしたいのだ。
制服がしわくちゃになるのも構わずにスポーツバックに詰め込んで、急いで体育館へ向かった。



***


今日は、赤い原色のTシャツだった。
柄のない、明るい原色のTシャツ。
どくりと背中に沸き立つような感覚が来て、意識をしてゆっくりと呼吸をする。
腹の奥まで空気を取り込むように深く息を吸って、ぴりぴりと浮足立つ感情を抑え込む。
まるでパブロフの犬のような自分に苦笑が漏れた。
練習が終わった部室で、菅原さんが脱いだ赤いTシャツがスポーツバックにしまわれていくのをゆっくりと着替えながら見つめた。
そのうち、本当にパブロフの犬にでもなってしまうかもしれない。

「あ、大地。今日は俺が締めていくよ」
「そうか?」
「うん、ちょっと影山と相談したいことあってさ」
「そっか。スガならまぁ心配ないし、頼んだぞ」

ぞろぞろと部室を出ていく姿を逸る気持ちで見た。
閉じようとシャツのボタンにかけた指は止まったままだ。
ぱたんと、やすっぽい部室のドアが閉まる。
そうして一拍置いて、背中に気配を感じて、首筋に小さく触れられる。
ちゅ、と消えてしまいそうな音が耳の近くなのもあるのかよく聞こえた。

「っ、…菅原さん」

振り向き、少し下にある顔に真っすぐに近づいて、キスをした。
首筋にキスされた時点で、ゴーサインは出たようなもの。
躊躇い無く腕の中へ納めて、強く抱きしめた。
最初こそ躊躇いがちだったキスも少しは上手くなったと思いたいけれど、それを聞くのはまだ怖い。
それこそ、男のプライドでしかないのだけど。
薄く開かれた唇に招かれて、舌を差し入れる。
途端に反対側から伸びてきた舌に絡め取られて、一緒に主導権も持って行かれた。
こちらが口内へと舌を伸ばしているはずなのにされるがままなのは、倒錯的すぎる。

「ん、ぁ…っふ、…は…」
「…は、…影山」

痺れるような甘さで動きが鈍る舌なのに、なだらかに菅原さんが名前を呼ぶ。
唾液で濡れる唇を舐めて、上手く返事が返せそうもないので首をかしげる。
するり、首に白い腕が回ってきて、顔がさらに近付く。

「影山、シよう」

もう一度キスをする直前、さっきまで見つめていた原色の赤が菅原さんの目の奥で光っているように見えた。
翻弄されて、煽られて。
年上の余裕に、手のひらの上。
誰もいない部室、畳の上に二人分倒れる音が静かに響いた。








エクリプス:カモ類の雄は派手な体色をするものが多いが、繁殖期を過ぎた後、一時的に雌のような地味な羽色になるものがおり、その状態を指す。もともとは日食や月食などの食を意味する。



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