本棚2

□卵の丸飲み
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「こーし」

にっこりと、毒を含んだ唇が弧を描いて笑っている。
狐の様にも見えるけれどあいつの唇は、蛇だ。





いつも通りの帰り道、烏野のメンバーと別れて家に着くまで僅かな距離に及川はいる。
ひらひらと手を振ってこちらを満面の笑みで迎えてくれる及川に、足早に近寄る。

「お疲れ様」
「別に、いつも来なくていいんだぞ?」
「いいの。俺がこーしに会いたいんだから」

高身長でスタイルもよくて、バレーの実力もあって、歯の浮く様な台詞を躊躇いもなく口に出せる。
その及川がどうして俺なんかを構うのか。
あまつさえ、好きだと言ってくれるのか。
それが未だに、信じられないような気持ちでいっぱいで、足元が覚束ない。

「こーしの学校は期末そろそろ始まる?」
「うん。そうだね」
「そっか、じゃあうちと一緒だね」

にこにこ、嬉しそうに笑いながら自然に触れてきた手が、俺の手を絡め取る。
人通りの多い場所ではないとはいえ、男同士で手を繋ぐなんてとてもじゃないが恥ずかしいうえに、普通じゃない。
けれどもその手を振り払う事はできなくて、結局家に着く手前までの間ずっと手を繋いでしまう。
繋がった手の平からじわじわと熱がわきあがって、胸の中いっぱいに幸福が湧きあがる。
好きな奴が、俺を好きだと言ってくれる幸運。
自然に緩む頬が押さえられない。

「ねぇ、こーし」

顔を寄せられて、名前を呼ばれる。
その声色にひくりと肩が揺れるのがわかった。
甘く、それでいて有無を言わせない響きのそれに、顔を上げる。
かち合う視線の先には、深く強い欲求を滲ませた及川の目がある。
その目から逃げられるわけなんかないのに。
その先にあるのだって、とっくに知って、教えられてしまったんだから。

「なに、及川」
「あれ、名前。呼んでくれないの?」
「…徹」

それだけで、また嬉しそうに笑って掠める様なキスを頬に落とす。
誰かに見られたらと焦る俺を見て、また笑う及川に、たまらなくなる。
足早に家へと向かい、自分の部屋へと向かう途中で居間を覗く。
ちょうど買い物に出ているのか、家は無人だった。
部屋へ入った瞬間、鍵をかけられてそのままもつれるようにベッドへなだれ込む。
頭を打たない様に抱えられて、そのまま縫いつけられるようにキスされて、抱きしめられる。
瞬間、鼻に届いた覚えのない花のような香りに、またかと、思う。
覆いかぶさる身体に手を回して、カッターシャツの首筋をちらりと除けば、赤い花が咲いている。

「ん、ぅ…ぁ…と、おる…ぅ…」

深く差し込まれる唇の合間に名前を呼ぶ。
及川は身だしなみに気を配る奴だけど香水は付けない。
洗剤の匂いにしては強いし、清汗剤にしては甘すぎる。
また、及川は俺の知らない匂いをさせてやってきた。

「…んっ…ふ、…こうし…こうし、すき…」

ふつりと、腹の底で湧きあがった火がぐずぐずと消えていく。
緩やかに弧を描く目元も、にこにこと笑う口元も、優しく身体を撫でる手も、俺の名前を呼ぶ声も。
何もかもが、毒のように体中をまわって、動けない。
甘えるように首元へ擦り寄れば、さらに強く花のような人工的な匂いがして、それに混じって化粧の匂いがした。
腹立たしいのに、愛おしくて。
知らない女の匂いのするの服をもどかしくはぎ取って、首筋の赤い花の上にうわ塗るするように噛みついた。
どうか、俺がそれに気付いている事に気付かないで。
背中に爪をたてて、キスをした。





●卵の丸飲み




いっそ、ひと思いに飲み込んでくれればいいのに。
その赤い花の咲く首を絞めてやりたい。









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