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□光の梯子
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新羅が、出張に出かけると言う。
闇医者という言葉の通り、まっとうな医者ではない新羅の所に来るのは当然のようにまっとうではない生き方をしている人ばかりだ。
そこに一緒に住んでいる私は全うな、ましてや人間ではないのでいまさらそれについてとやかく言う気はない。
そういう全うじゃない人が負う傷というのも、全うな傷や病気であるはずがなく、大抵が運び込まれてくる事が多いのに、今回はわざわざ新羅が出向いて仕事をしに行くという。
私はいつもの癖で画面に文字を入力していく。

<私が送っていこうか?>

既に支度を済ませた新羅は玄関で靴を履いている。
その姿を私は見送る様な状態なのだけど、どうにも離れがたくて、もう少しだけ新羅と一緒にいたくて、何食わぬ顔で送迎を申し出る。
けれど、そんな照れ隠しもきっと新羅にはお見通しなんだろう。
現に、振り返った新羅はとても嬉しそうな顔で笑っているのだから。

「いいの?」
<構わない。どうせ、今日は暇の予定だったんだ>
「うん、じゃあ、お願いしようかな。僕もセルティともうちょっと一緒にいたいし」

そして、私の想いを汲み取った上で、あえて私じゃなくて新羅が理由をつくってくれる。
どうにも素直に口に出せない私を優しく新羅はフォローしてくれる。
だから私は新羅がたまらなく愛しくて、たまらなく甘えたくなり甘やかしたくなるんだ。
私はないはずの頭でうなずくように影を揺らして、いつもの猫耳ヘルメットを持って電気を消して回り、再び新羅の待つ玄関へと戻る。
そのわずかな時間すらも離れているようで、自然に足は速くなった。
案の定、そんな私の気持ちがわかるのか、笑いながら新羅が言う。

「そんなに急がなくても俺はどこにもいかないよ?」
<わかってる。けど、それでもお前の傍は、離れがたいよ>
「わお!今日のセルティは一段と可愛くて僕はどうしたらいいんだろうね!あぁもう!仕事なんか行きたくないよう!」
<ばっ、だめだ!お前は医者なんだから、行かなきゃだめだ!>
「ふふ、そういうと思ったよ。よし、じゃ、行こうか」

そうして、新羅を東京駅まで送り届けて、新幹線を見送った後家に帰った。
白バイに見つかることもなく帰れてほっと一息ついて開いたドアは冷たくて、妙に部屋の中が寒々しいと感じた。
電気をつけて、テレビを付ける。
騒がしいバラエティ番組が流れだして、部屋の中を埋め尽くしていくけれど、それも壁に吸い込まれて留まらないから、部屋の静かさを余計に際立たせるだけだった。
失敗したなと思っても、テレビを消せないのはそして音がなくなった部屋はより静かなのだとわかっているから。
私が言葉を発さない分、彼が何倍も喋っているから、この家は騒がしいのだと、今更ながら気がついた。
嗚呼、早く。

<早く帰ってこないかな。>

誰に見せるわけでもなくPDAに打ち込んで、そっと消した。


***


そうして、見送ってから、三日が過ぎた。
いつに帰るとは言わなかったけれど、三日も帰ってこないとさすがに少し心配になった。
治療が長引いているのか、果たしてトラブルに巻き込まれているのかはわからないけれど、連絡がないのなら大丈夫だろう。
何かあったら、きっと新羅は私に連絡を寄こすはずだ。
今までだってそうだったのだから。



しかし、そんな悠長な事をさすがに一週間も経つと言っていられなくなった。

<どどどどど、どうしよう…>

意味もなくPDAに3点リーダを打ちこんでは、そわそわとカーテンをめくったり覗き穴から玄関を見てみたりした。
さすがに五日も帰ってこないのは心配だし、私が外へ仕事に出ている時に帰ってきたら寂しいのでいつ頃帰ってくるのかと聞いてみる為にメールをしたのだけど返信がない。
忙しいのだろうと思って、また1日経ってからメールをしたのだけどまたそのメールからも連絡がない。
電話をかけてみると電波が通じないか電源が切れていると言う。
新幹線に乗った事ぐらいしか情報がないので、探す当てがない。
いや、あてがないわけではないが、それは最終手段だ。
臨也に頼るのはなるべく少なくしたい。
情報は力だとあいつを見るとつくづく実感させられるな。
溜息のように影をなびかせて、広くなりすぎた部屋を見回す。
元々、食事らしい食事は必要ないのでおよそ人間らしい匂いが私からはしない。
体臭と呼べるような物はほとんどなく、シャワーの時に浴びるボディーソープと排気ガスの匂いがたまについているぐらい。
私と新羅で生活している部屋だけど、匂いのほとんどは新羅が占めている。
それは部屋のどこへいても、新羅の匂いがするということだ。
新羅の気配がそこかしこにあって、寂しくて、どうしようもなくなる。
ずっと先の話、新羅が死んでしまった時、私は寂しさで気がくるってしまうのだと思う。
たった数日、新羅と連絡が取れないだけでどうしようもなく寂しくなってしまうのだから、きっと耐えられない。

(どうか、私を置いていかないでくれ)

泣ける涙があればよかったのに、どうにも感情の発露が上手くいかない。
あてどなく泣いて、泣いて、涙が枯れるほどに泣ければ、きっと私は新羅の最期を迎えてもきっと、存在していけるのに。

(新羅)
「セルティ」

嗚呼、幻聴が聞こえる。
寂しくなると泣けない代わりに幻聴が聞こえてしまうのか、それはなおさら寂しくさせるだけなのに。
早く帰ってこいよ。
帰ってこないと、私はそのうち部屋の一部になってしまいそうだ。

「セルティってば」

はたと、肩の体温に気付く。
暖かな体温は、幻でも夢でもなくて、まぎれもない現実のもの。

<新羅…?>

振り返ればそこには今か今かと待ち続けた恋人がいて、確かな体温と一緒に存在している。
現実であるとわかっているのに、疑ってしまう。
本当にそこにいるのが新羅であるのか、それとも新羅がいるこの部屋が夢なのか。
拭う様な仕草で私の影を撫でた新羅は、ゆるやかに笑って言う。

「なに一人で泣いてるの?」
<…何を言ってる、涙の一つも流せない私が、泣いているわけないだろう>
「嘘。僕には隠し事できないって、セルティが一番知ってるくせに。それに、うん、物理的な涙は流していなくても、泣いていたでしょ?」

どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうして、新羅は私をこんなにも簡単に深く落ち込んだ憂鬱の底から救い上げてくれるのだろう。
私はそんな新羅にどう返せば、正解なのだろうか。
きっと、正解なんかないし、それを問いかければセルティがしたい事が正解だと言ってくれるだろう。
それぐらい自惚れてしまうほど、そうだ、お前は私を好いてくれているんだ。

<……しんら…>
「うん」
<おかえり>
「うん、ただいま」

振り向き、近づく体を抱きしめる。
細い体は決して頼りがいがあるような筋肉はないし、顔も男らしいというよりは小さな頃からの印象で可愛らしく見える。
けれども、私をただの恋人にしてしまうのは、後にも先にもお前だけなんだろうな。




□光の梯子□



空から降り注ぐ天使の梯子のように
あなたはいつだって私の手を救い上げてくれる








中庭様
リクエストありがとうございました!
新セルということで、ちょっと不安がるセルティとか可愛いじゃねぇかとこんな感じになりました。
新羅は華やかさはないかもしれないけれど、一番セルティを愛してくれる人だなと思ってます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
拝 青柳花




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