本棚2

□ケーキと蝋燭における相対性理論の話
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「そういえば、お前誕生日いつなんだ」

何を思ったのか、ふいに顔をあげた先生は本当に突然そう言った。
どうしたんですか、突拍子もない。と、喉から出かけて止めた。
先生が突拍子もないことを言いだすのは日常茶飯事で、頻繁にあり得ることなのだからその言葉も何度も口に出している。
その度に帰ってくる答えは「なんとなく」に決まっているのだから、今になっては聞くのが野暮というもの。
ともあれ、読んでいた本を閉じ話しをする体勢に先生がなったのでこちらも洗濯ものを畳んでいた手を休める。

「覚えてません」
「何月かぐらいはわかるだろう」
「それももうよくわからないんですよね…色々な場所を転々としたので。そもそも、ぼくぐらいになると暦は重要ではなくなってしまうんです」先生と暮すようになってからだ、務めてカレンダーを見るようになったのは。
そうやってカレンダーで毎日、何月の何日か何曜日なのかを確認しないと一日の感覚が曖昧なのだ。
終わりが見えないというのは、それはそれで厄介なのだと日付の感覚が無くなった頃には思った。
永遠は一瞬と同じになってしまう。

「時間がありすぎるからか」
「はい」

瞬時に理解した先生は、納得するように頷いて煙草に手を伸ばす。
机の上に置いてあるままのそれを、先生が手にする前に引き寄せて奪う。
そうすれば、もちろん嫌そうな顔をして先生がこちらを睨む。

「おい」
「洗濯物に煙草の匂いがつきます」
「母親みたいな事いいやがって」
「子供みたいな我儘言わないでください」正論を返したつもりなのに、横暴だ、暴挙だとののしられた。
そういう子供の様な我儘を言うのは先生の可愛いところだと思うのだけど、それの全てを受け入れていけるかは別。
自分の方がもちろん、生きてきた年齢で考えれば年上で、先生は年下なのだけど。
もう少し年相応に生きてくれないかと嘆息。

「そういうことなので、誕生日なんて気にしなくていいんですよ?」

溜息交りに返して、洗濯物の片づけを再開する。
すると、あからさまにぴくりと先生の動きが止まる。
予想もしていなかったその反応に、おやと思って顔を見れば、眉間に皺を寄せて顔をそむけられた。

「せんせい?」
「別にお前の誕生日が祝いたいわけじゃない」
「あれ、そういうことじゃなかったんですか?」「自惚れんな馬鹿」

罵倒と共に強く睨み返されてしまって、本格的に機嫌を損ねてしまった様子に肩をすくめる。
そんなに言葉遊びで茶化した気はなかったのだけど、一体なにがそんなに先生の琴線に触れてしまったのか。
思い返してみても、そんなに失言を返した気はなかったのだけど。

「ケーキを食べる口実にしようとしただけだ」

ふいとまたそっぽを向いて吐き捨てられる。
けれど、横を向いてもらったおかげではっきりと見える耳が赤いのが言葉よりもずっと雄弁に語っていた。
たしかに甘い物が好きな先生だけど、そんな口実なんかお構いなしに買ってこいや作れと言うくせに、そんな言い訳をして、照れ隠しのつもりだろうか。
いや、ぼくが誕生日は祝わなくていいなんて言ってしまったから取り返しがつかなくなったんだ。それなら折れるのは僕の役目。

「先生、やっぱりぼく誕生日祝って欲しいです」
「…何月かもわからねーのに」
「季節ぐらいだったら」
「ほんとかよ」
「それか、先生と同じ日に一緒に祝ってくれますか?」
「…蝋燭立ててやろうか?」

子供じゃないですよ、と笑って返せばそりゃそうだと笑って返される。
ようやく機嫌が直ったらしい先生は、さも自分が主導権を握ったように上機嫌。
いや、元から主導権も決定権もぼくには存在しないんだ。
すべては先生の言う通りに、仰せのままに、だ。

「仕方ないから、俺が毎年思い出させてやるよ。誕生日」
「楽しみにしてます」




◆ケーキと蝋燭における相対性理論の話◆







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