本棚2

□明日の話をしようか
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三年と七ヶ月ぶりの静信は、変わらなかった。
それは思い出の印象や記憶のイメージと変わらないということではなくて、写真からそのまま抜き取ったように変わらない。
その変わらない姿を見れば一目瞭然だった。
問いかけなくたってわかる。
静信は起き上がったんだ。

「そうか…」

ぽつりと口からこぼれた声には、自分でもどんな感情が込められているのかわからなかった。
静信が起き上がった事に落胆しているのか、あるいはやはりと納得しているのか。
そのどちらともわからなかった。
ただ、ふつと、ふつふつと沈みきった底から浮き上がるように沸き上がるように存在する感情は紛れもなく喜びだったのだから、なおさらどうすればいいかわからなかった。
生死すらわからなかったから、静信はもう死んだつもりでいた。
最後に見た顔は、今でもはっきりと思い出せる。
いつもの黒の和服に眼鏡をかけて、色白だった肌をさらに青白くさせて車の運転席にいた、窓越しでもまるでガラスなんか存在しないようにはっきり見えた。
老いも若返りもしない静信だが、真ん中に分けられていた髪は前髪があるし、服は見慣れた和服ではなく洋服だった。
その視線に気が付いた静信は、少しだけ眉間にシワを寄せて笑う。
その顔は、気恥ずかしさを隠す時にするんだ、お前はきっと気付いていないだろうけど。

「さすがに都会で和服は目立つからさ……変かな?」

困ったように笑う静信は、なにも変わらなかった。
それは、外見だけじゃなく内面も返答も、仕草も、なにもかもが変わらない。
俺の知っている室井静信がそこにいた。
じわと目頭に熱が湧き、涙腺がゆるむ。
泣くなよ、まだ泣くな。
ドアだって開けたままの玄関先だぞ。

「変、じゃ…ない……が、見慣れん」

途切れ途切れに紡いだ声は見苦しく震えていて、泣き出しそうなのは隠しきれず、言葉が出た事でゆるんだ喉からは嗚咽まで溢れてきそうで困った。
誤魔化すように顔を背ければ、静信が小さく笑うのがわかって、それを横目で睨み付ければやっぱり笑っている静信がいる。

「うん、そうか。そうだね、見慣れないかもしれない」
「あー…まぁ、なんだ。とりあえずあがれよ」


話はそれからだ。
身を引いて静信が入れるスペースをつくり、足を踏み入れるのを見届ける。
ぱたんとドアが閉じたのと同時に手を伸ばせば、それよりも早くのびてきた静信に捕まり引き寄せられて、腕の中へと引き込まれた。
身体を押しつけるように抱きしめられて、同じように背中を強く握りしめて肩に顔を埋める。
そうしてしまえば、もう耐えられない。

「う、ぁ…あ…っ…せいしん、せいしん…っ」
「敏夫、…よかった。敏夫が生きていて…死んだかと…」
「そ、れは…こっちのせりふだ…ッ…ぅ…ぁぁ…っ」

うわごとのように名前を呼んで、しわが出来るのも構わずに掻き抱く。
二度とこいつを離したくないと誰にともなく願い、深く深く呼吸をした。




◆明日の話をしようか



(もう、線香の匂いはしなかった)







すれ違い
そんなの
くそくらえだ



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