本棚2

□狼男を殺すのは銀色の弾丸ではなくて
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「はー…っ、わかったよ」

もう、逃げるのはやめだ。
甘えるのは子供のすること、おれだっていい大人でいい加減腹をくくるしかない。
けれど、俺が出す答えは子供の様な答え。
深々と息を吸ってからゆっくりと吐き出す。
柄にもなく緊張していた。

「悪いな…おれは、決められない」
「…はぐらかすんですか?」
「そうじゃない。お前らのだれか一人なんか決められないんだ…優柔不断で酷いことを言っている自覚はあるさ。けど、俺にとっては静信も夏野君もお前も切り離せやしないんだ。…悪いな」

おれにとっては三人が三人とも別の種類の感情があって、比べるにはあまりにも種類が違いすぎた。
だから、俺の出した答えは優柔不断で誰も失いたくないなんて傲慢な事。
呆れられてしまってもいいと、見切りをつけられてしまえばそれまでだ。
そうされてしまってもおかしくはないと思う。
決して離れたいわけではないのだから、そうなってしまったら寂しいがあいつらにとっては一人なのに、俺だけ三人なんて不公平だろう。

「別に僕は構いませんよ?」
「…は?」

呆れた様な、それか突き放す様な言葉が返ってくると思っていた。
けれど、辰巳の口から出たのはそれとは真逆と言っていい受け入れる言葉。
瞬時にその言葉の意味を理解することは出来ないで、呆然としているうちに言葉の意味がようやく脳に到達してそれからゆっくりと染み込んでくる。
けれども、言葉の意味は理解できても真意を理解するには至らなかった。

「おまえ、言ってる事わかってるのか…?」
「先生こそ。ぼくにとっては、先生に興味を持った時点で先生には室井さんって人がいたんです。ぼくが好きだと思った先生は、室井さんという存在があってこそなので…いまさらなんです」

貼りついたような笑顔から一変して、目じりを緩やかにさげて辰巳が笑う。
そうやって、嬉しそうにまるで大型犬を彷彿とさせるように笑う事を知ったのは最近。
それがかなり辰巳の素の笑いに近いということを理解したのも最近で、そうやって笑われてしまうと気恥ずかしくてたまらない。

「それを言ったら、俺なんか一番最後だ」

不貞腐れた様な夏野君の声に苦笑いを浮かべる。
まだ彼は学生で、不誠実ともとれる答えでは納得がいかないだろう。
一人は決められないからこのままでなんて、普通じゃない。

「いいんだよ、君は若いんだからまだやり直せる。俺の事なんか忘れて…」
「どうしてそういう結論になるんだよ」

怒気を含んだ夏野君の声に笑っていた顔が止まる。
夏野君へと向き直れば、眉間に深々と皺を寄せてしっかりと睨まれている。
おれに呆れてしまったのだろう、ならば怒る事なんて何もないだろうに。

「なつのく…っ!」

胸ぐらを掴まれたと思った瞬間、がくんと引き寄せられてついでがちりとぶつかる音。
乱暴に押し付ける様なキスは案の定歯がぶつかってしびれるような感覚がして、わずかに顔をしかめる。
そしてこれまた乱暴に離されて、しっかりと覗きこんだ夏野君が言う。

「今はいいよ、誰か一人にはできないで。ただ…」
「…夏野君?」
「譲る気はないんで、覚悟しておいてね」

絶対に二人の事より俺の方がいいって言わせて見せるから。
さきほどのまでの不機嫌な顔はどこへいったのか、にやりと口角をあげて夏野君が笑う。
随分意地の悪い顔をするようになったものだ。
成長痛で通院していたころはそんないじわるな表情を見せる子には見えなかったのに、したたかになって。
不意をつかれた恥ずかしさに顔を覆う。

「わかったから、突然するのはやめなさい…っ」
「じゃあキスしていい?」
「今はやめなさい!」

また近づく距離を制する。
このまま夏野君のペースに流されるのは危険。
どうにも夏野君の押しの強さにそのまま押し切られてしまうのは、やはり夏野君に甘い傾向があるからだとは思うのだけど。
一回りも違う彼を甘やかしたい気持ちは強い。
ふと、わずかに自分と同じぐらいの高さの影に静信が隣まで来ていることに気がつく。
いつのまに、と思う間もなく顎をすくわれるとちうと小さな音をたてて吸いつくようにキスされた。
びくりと体が震えて反射で口を開くと信じられない事に、そのまま舌を差し入れられてかき混ぜられる。

「せ、し…んっ…ふぁ…」

行き場を失った手を握られて、縋るように握り返せばようやく口を解放されて呼気が気道を通る。
おれの予想の範疇を超える行動をする奴だとは思っていたけど、こればかりは本当に真意を推し量ることはできなかった。
なにより混乱が頭を占めていて思うように思考が働かない。
起き上がってからだいぶふっきれてる様子はあったけど、あきらかにふっきれ過ぎだ。
人前でキスなんて、昔の静信ならしなかっただろうに。
俺はたしかに言葉で何度も言われるよりは行動の方が好きだけど、急に行動で示すようになった静信にはまだ慣れず、振り回されてばかりいる。

「…ごめんね?」
「静信、おまえ…なに、すんだ…っ」
「うん、あのね…ぼくも簡単には敏夫を譲る気はないんだ。昔より、諦めが悪くなったからね」

にこやかに笑って夏野君へと宣言する静信をみながら、お前は昔から自分の意思には正直だったよと内心毒づく。
静信は自分の感情に正直だ。
ただ、それが行動に伴ったりするのが少し遅いだけで基本的にはおれよりもずっとわがままなんじゃないかと思うほどには。
それを口に出したりはしないけど、にこと笑みを深くしてこちらを向くのできっとばれてる。
俺は静信の事を察するのがうまくいかないのに、静信には俺の考えていることが筒抜けのように思えてならない。
きっと、実際筒抜けだ。

「や、ずるいなぁ。先生は僕とはしてくれないんですか?」
「今のは、不可抗力だぞ…ッ」
「でも、ぼくだけ仲間はずれなんてずるいです」




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