本棚2

□狼男を殺すのは銀色の弾丸ではなくて
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起き上がってしまった人もいるけど
なんやかんやあって
屍鬼と協定を組みました的な設定







自論ではあるが、感情を言葉にするよりも行動で示す方が的確なことだと思っている。
好きならば抱きしめればいいし、嫌いなら殴ればいい。
いや、それは相当に極端な反応なだけであって、嫌いな奴を殴れってわけじゃないが、ともかく好きだと何度も言われるよりも抱きしめて、手を握り、キスをして、セックスをする方がずっと確実だと思っている。
決して言葉が嫌なわけでも、その言葉が嘘であると疑っているわけではないのだが。
単純に好みの話で、それは自分が言葉で素直に感情を表さないから相手にも同様の事を求めているのかもしれない。
ただし、相手がする行動の全てに好意的かと言われたら、それとこれとは話が別であるわけで。
そもそも俺にも限界というものがあるわけで、その、だから、どうしてこうなった。



◆◆◆


いつも通りに仕事を終えて飯をすませて、風呂に入り、自室に戻って寝ようと思ったら平然と部屋の中にいた人狼に捕まりました。
前半部分は居たって普通の日常生活、後半部分は非日常。
屍鬼との間にはむやみやたらに一人の人間から食事をしなければ血を提供すると、そういう協定を結んで共存を図ることになった。
だから、敵対関係にあるわけではないのだけど、ハタ迷惑な一方的な好意を持って不法侵入を許したわけではない。
第一印象が最悪で未だに俺は根に持っている桐敷の使用人の辰巳はもちろんのこと、静信も前と比べると俺の所にくる事が多くなってしかもそれはただの晩酌ではなくて夜這いに近い。
屍鬼側との和解が遅かったので、静信は人狼として起き上がっていた。
それが原因かはわからないけれど、以前より格段に性格が悪くなっているように感じる。
より勝てない様な雰囲気で、人狼の身体強化が働いて視力は人並みにまでなったから眼鏡をしていないせいかもしれない。
そして、夏野君は共存という選択をとった今でも俺の傍にいる。
むしろ夏野君がいるから安眠が守られていると言っても過言ではないのだけど。
かなりの頻度で入れ替わりに静信と辰巳が訪問してくるので、夏野君がいてくれるおかげで寝ていられる。
たまに押し切られてなし崩しにやってしまうような事はあるけれど比較的、均衡が保たれていると思っている。
ただ、可愛い女ではなくて俺の元に来る事は除く。
そろそろ自分の事を人狼ホイホイと呼んでもいいのではないかと思っている。
お袋と話が合うからと桐敷の佳枝も度々医院にやってくるし、速水も何かにつけてくる。
その度に二人には辰巳をなんとかしろと言っているのだが、あまり効果がないのはわかっている。
実際、今目の前には当たり前のように辰巳がいる。

「帰れ」
「やっ、先生こんばんは」
「帰れって言ってるのが聞こえないのか、帰れ」
「先生ったらせっかちさんですね、まだ要件も言ってないのに」
「どうせ今日も食事がしたいとか言って夜這いにでも来たんだろう、本当に食事がしたくてもさせないからな。昨日、夏野君にさせたから今日は駄目だ」
「敏夫、少し落ち着いて辰巳君の話を聞いてやってくれないか?」
「静信、お前も何しにきたんだ…」

宥めるように口を挟んできた静信に呆れを隠さずに返す。
普段はまるで示し合わせたように鉢合わせしない二人が珍しく一緒にいる。
いや違う、普通は三十代のオッサンに夜這いをしにくるようなやつはいないし、頻繁にそういうことを求めてくる方がおかしいんだ。
明らかに混乱して思考が常識から逸脱し始めている。
眉間に深々と寄った皺を伸ばすようにして、頭を抱える。

「先生、大丈夫?」
「夏野君…ありがとう、いやちょっと処理能力を上回ってだな…あれ…夏野君?」
「ん?」

当たり前のように返事をしてしまったけれど、いつのまに居たのか夏野君が隣にいる。
これまた当然のように、辰巳や静信が居る時は夏野君がちょうど居ない時だと相場は決まっているのでてっきり夏野君は居ない物だと思って気が付くのが遅れたようだ。
先入観とはいえ、それでも夏野君の気配に全く気がつかなかった。
目の前にいる子供の様な理屈を捏ねるいい大人をいかに追い返すかに気を取られていた。
わずかにまだ乾き切らない髪を混ぜながら、夏野君に向き直る。
この際、あの二人は無視だ。

「珍しいな、君が居るのに不法侵入者が二人もいるのは」
「うん…ちょっと今日は、先生に聞きたいことがあって…」

その言葉に僅かにどくりと心臓が跳ね上がる。
それはすぐに元に戻るのだけど、背筋が寒くなるようなわずかな焦りは消えない。
この顔触れで、聞きたい事、それの内容はきっと俺が危惧していた事。
いつか聞かれるのではないかと思っていた、思い当たること。

「先生は、俺だけじゃなくて…そこの二人ともそういうことしてるでしょ…」
「…あぁ」

静信とは学生の時にお互い流されるように身体を繋げて、辰巳とは敵対関係であるうちに牽制という形で無理やりという形で、そうして夏野君の好意に押し切られるように重ねている。
そして、そうやって不透明なままの関係は三人ともずるずると引きずって続いている。
その暗黙の了解に甘えて、答えを言ってこなかった。
俺にとっては、明確な答えなんか決められなかったからだ。
静信の事は大事だし、辰巳も気にいらない事はあれども嫌いではない。
夏野君だって優しく甘やかして過ごしてやりたい。
三人それぞれに種類の異なる感情があった。
遅かれ早かれ、聞かれるだろうと考えていた。
だから、一人に絞れと言われた時に果たしておれはどうするべきなのか、ずっと考えていたのだけど。
答えは結局だせないままだ。

「だから、今日は尾崎の先生のお答えが聞きたいなと思いまして」

辰巳がにこやかに笑う。
そういう表情をするときは、答えを俺が言うまで決して引かない時だということが今ではわかっている。
表情はにこやかなのだけど、目が笑っていない。
静信を見れば、動く様子もなく、口をはさむ様子もない。
けれどそれは無言の同意、何も言わなくても察しがついてしまう。
人狼で起き上がって視力が強化されて人並みになったので眼鏡をつけていない目元が、しっかりと俺を見る。
眼鏡をかけている時でも静信の目線は強く、はっきりとしていたのに。
裸眼になったらそれは余計にはっきりとわかる。
この期に及んでまで、おれは逃げ道を探すのか。





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