本棚2

□エンジェルオブミュージック
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ふつと、目を覚ます。
久しぶりの感覚だった。
人狼というものになってから、寝るという事は必ず必要なものではなくなった。
けれど、死んでいない身体は一定の容量をこえると休息を欲しがった。
その時ばかりは睡眠をとったが、それも三時間ほどで回復する。
ふつふつと沸き上がるのは、今度は嘔吐感。

「っ、…ぐっ…かっは…ッ」

ままならない呼吸に、目を開ける。
普段なら夜目がきくので、暗闇は存在しないはずなのに目の前が暗い。
ぱしぱしと瞬きをすると、やっと視界が戻ってくる。
どうして。

「っ…あぁ…」

そうだ、結城夏野。
やられた。
まさか、こんな結末。
一体誰が想像出来ただろうか。
年齢だけで、彼を侮っていた自覚はあったけどそれでもこんな事になるなんて。
死ぬとしても、もっと凄惨な終わりだと思ったのに。
ひらひらと視界に白いものが舞う。
頭をあげれば見覚えのある姿。

「あぁ…先生」

尾崎の先生。
後半は言葉にならない。
喉に溢れる血液に音は正常な言葉を作らずに潰れる。
パチパチとはぜる音がかすかに聞こえるのに、どうして。
どうして、なんて答えは明確。

「ころしに…きたんでしょ…?」

先生。
直接、きっとあなたなら直接手を下したいのだろうと思った。
それでも、わざわざこんな地獄の底にまできて。
先生を見上げるという事は、先生が石柱からおろしてくれたのだろうか。
傍らにはもう一人の身体が横たわっているから、それはきっと結城夏野。
先生は酷い人であると同時に優しい人。

「殺すまでもないだろ」

腹の傷も治らないじゃないか。
たしかに、腹には痛みと喪失感が絶えない。
需要と供給のバランスが崩れてる。
近づく先生の顔に笑う。
今までにないぐらいに、近くに先生の顔があるのに良く見えない。

「そ、…ですね…」
「俺が手を出さなくても、お前は死ぬ」
「えぇ…」

そうですね。
血を失いすぎた。
もう立ち上がる事は出来ないだろう。
けれど、血さえあればまだ動ける。
首を掴み、引き寄せ、嗤う。

「な、…にッ!」
「動けないと、思いました、?」

ほんとに先生は優しい人だ。
白衣を着たその姿はさながら白衣の天使様でしょうね。
けど、だから。


「だから、僕みたいなのに付け込まれるんですよ」


羽のようにはためく白衣を抱き締めて、赤く染まる視界に恍惚と目を細める。
さぁ、一緒に堕ちていきましょう?




◇エンジェルオブミュージック◇

歌っておくれ!
私の歌姫!









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