本棚2

□砂糖と附子で睦言を吐く
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ざわざわと音がする。
人の連なるざわめきが、さざ波のように地面を這って、空気を伝って遠くまで聞こえる。
眺める祭の明かりは、ちかちかとゆらゆらと揺れてまるで生き物のように見えた。

外場の小さな村祭、何か大きなイベントがあるわけじゃない身内でやるような祭。
その祭を一通り顔を出してから、森の中にある少し開けた広場のような場所。
小学生の頃から静信と幹康を連れてはここで遊んだ。
何かスポーツをするにも三人では出来ないので、必然的に山を駆け回って秘密基地のようなものを作ったりそういう事をした。
中学生になった今になってはそういう事も減ったが、それでもこの場所は特別な感覚があった。
親には見つかりたくない、そういう秘密の場所。
そこにひと際大きく植わっている木は、幹もしっかりとした木で登りやすい。
体格も大きくなったのが手伝って、昔より難なく登れた。

その木の上から眺めると、より外場は遠くに見えた。
そんなに距離が開いたわけでもなく、ましてや遠く見える事すら錯覚なのだろうけど。
外場を出たいと尾崎から離れたいと盲目的に願い、おれの願望。
あと、何年経てばここから出られるのだろうか。
まだ中学も二年しかたっていない、義務教育の終わりまでは一年と半年。
それでも高校生であるうちはきっと一人暮らしなど認めてくれないだろう。
飛び出していくのは簡単だが、今はまだ一人では生きていけないのも事実だった。
溜息を吐くもそれを聞いてくれる人はいない。

例年に習うなら、一緒に静信と幹康も一緒にいるはずだった。
特に決めたわけじゃないのだけど、なんとなく三人でいる。
けれども、今年は一人なのは幹康が風邪で寝ているのと、静信が寺の宗派の集まりで家族で出かけているからだ。
他にも話をしている友人はいるけれど、そこまではしゃぐ気にもなれずに早々に切り上げてしまった。
どうにもならない事がある。
それはあたまではわかっていても、敏夫自身は納得がいかない。
なんとなく、仲間はずれのような感覚。

「はぁー…」

重苦しく聞こえるように溜息を吐いても、鬱々としたものまでは吐きだされない。
たくしあげていたズボンの裾の片方は、足をぶらつかせる間に下までおりてしまった。
それを直すのも面倒。
今日はもう帰って不貞寝でもした方が有意義かもしれないと思い始めた頃だった、ふらふらとさせていた足を引っ張られる感覚。
枝にでも引っかかったのかと思った瞬間、かくんと下へ引かれて思わず間抜けな声をあげる。

「ひっ…ッ」

バランスを崩しそうになったがなんとか持ちこたえて、下を見る。
すると、見覚えのある野球帽がそこにはあって、安堵と同時に湧きあがってくるのは怒り。
帽子のつばを蹴り飛ばすように裸足の足をふりあげれば簡単に帽子が取れる。
その下からはやっぱり悪戯が成功した意地の悪い顔で笑う定文がいる。
そうだ、静信と幹康だけじゃなくてここを知っているのはもう1人いたんだ。

「足癖わるいぞ、敏夫」
「人の足引っ張っておいてよくもそんな事言えるな!」
「はいはい、びっくりさせて悪かったな」

ばたばたとさせた足を掴まれて動きを止められる。
熱い手の体温に一瞬びくりと肩を揺らしたのは気付かれていないと思いたい。
蹴り飛ばすように手を振り払って、そんなに高くない枝から下りる。
青草の上で大した痛みもなく降りると、定文も帽子を拾って被り直している所だった。
途端に、定文の顔が今度は見上げるようになる。
まだ上にいればよかったと思ったけれど、それも今更。
身長差はまだ追いつくことが出来る。

「定文、戻ってたのかよ」
「ついさっき戻ってきた。ちょうど祭だったんだな」
「ちゃんと顔見せてきたのか」
「当然、そしたらいつもだったらいる三人組が見えないからこっちに来た。案の定不貞腐れてるお前を見つけた」
「なっ!…んんっ?」

不貞腐れてなんかいない、と言おうとした口はもふもふとしたものに阻まれる。
目の前に広がる白に驚き後ずさると、それは離れて全体が見える。
白く目の前を遮ったのは綿飴。
わりばしに纏わりつく幼稚なそれを定文が持っている、その姿はなんだか定文のイメージと違った。
唇を舐めると確かに甘い砂糖の味。

「静信は留守で、可愛い弟分の幹康は風邪、寂しがってるのなんかバレバレなんだよ」
「別に…そんなんじゃない」

定文から目線を逸らして遠くの祭囃子を聞く。
寂しかった、それは図星だ。
おれにとっては、静信と幹康は他の気の合う友達とはまた違うけれど別格なのだ。
それは優劣の話じゃなくて、単純に時間の長さ。
定文はそれを簡単に言い当ててくる。

「そうか?それなら別にいいんだが、とりあえず綿飴はお前が食べろ」
「なんでだよ!」

お前が口つけたからだと理不尽な事を言って、定文は強引にそれを握らせてくる。
仕方なしに受け取るが、綿飴はあまり好きじゃない。
ただの砂糖で甘いだけだし、なにより手やら口の周りがべとつくから面倒だ。

「半分ぐらい食べていけよ。というか、なんでこんなにでかいんだよ…」

渡されたそれは顔の大きさぐらいはありそうで、これを片づけるのはさすがに難儀しそうだ。
くつくつと笑いながら定文が前髪を撫でてくる。
ゆるりと撫でる指が額に触れる。
熱い指先にまた、目線が揺れる。

「髪についてる」
「…定文が押し付けてこなけりゃつかなかった」
「そうだな、そりゃ、悪かった」
「ほんとにこんなにいらねぇよ…」

沸き立つ熱は暑いからだと、誤魔化すように白い山をちぎって口に放り込む。
じわりと一瞬で溶けるそれはやっぱり甘くて、砂糖の味。
冷たくもないのに溶けるそれは甘ったるい。

「甘ったる…定文も食べてみろ」
「一口だけでいい」
「一口じゃ減らな、い…ッ」

二口目を口に放り込んだ瞬間、こつりと額に帽子のつばをあてて定文の顔が目の前に迫る。
それに身体を固くした隙をついて、定文との距離がさらに詰められてゼロになる。
ちゅうと吸いつかれる音に我に返って、反射的に口を開く。
しかし、その隙間から入りこむ軟体生物のような舌にまた動きを止めてしまう。
顎をすくわれて、いやむしろ逃げられないように固定されて。
口の中で溶ける砂糖も忘れてしまうほど、触れられた指を彷彿とするほど熱い舌に眩暈がする。

「ん、んん…ッ、ぅ…」

ぐちゅりと粘液がたてる音に目を見開く。
頭に直接響く様なその音に、聞いた事ない水音。
戯れにされたことのあるキスとは違って、こんなに熱くて、涙が浮かぶ、熱に浮かされるようなキスを俺は知らない。

「ん、ぁ…っは……っ」

最初に触れられたようにまた音をたてて吸われて唇が離れる。
肺に流れ込む酸素にむせ込んだ。
呼吸をする余裕なんてなかった。

「鼻で息するんだよ」
「し、らねぇ…よっ…!急に、なにすんだ...ッ」

意図のよくわからないキスに混乱する。
唇を拭ったところで感触が消えるわけでもないのに、そうしないといけない気がした。
くつくつと、やっぱり喉の奥で笑うような声を上げて定文が笑う。

「味見だよ、ただの」
「だからってわざわざ…こっちに元があるだろ!」

手元の白いわたの山を投げつけてやろうかと思う。
それはすんでのところで思いとどまるが、ただの味見でキスされては困る。
十も上の定文からすればキスなんて大事なものではないのかもしれないけど、俺にとっては簡単なものじゃない。
それに腹がたつ。
睨みつけるが、たいして気にしていない定文は乱暴に頭を撫でてくる。

「なっ、んだよ…」
「いや、なんでもないさ…また寂しくなったらきてやるよ」
「もうくんな…っ!」

今度はからからと笑いながら背を向ける定文に言い返す。
その背中を見送ってから、白く未だに残る白を口に突っ込む。
じわと溶ける砂糖の甘さで、舌に残る煙草の味が薄れたような気がした。

「…綿飴なんか嫌いだ」




◇砂糖と附子で睦言を吐く◇








味見は別にそれだけじゃないけどね
支部にて企画しているとしおまつり!参加作品
だって、タグ検索して眺めていたら定敏がなかったんだもん



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