本棚4

□ベラドンナ・リリー
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貴方様は私の、夜を切り裂く落雷。
全てを焼き尽くす、絶対の雷(いかずち)。
圧倒的な強さだけではなく、内側から滲み出る強さに惹かれて、自然に首を垂れる存在感があった。主君への忠誠を誓うのは早く、拙者の刀を預ける事も躊躇いはなかった。
神という存在があるのなら、あの方のご意志を神と言うのならば、それを代弁する方はレボルト様の他にないと確信があった。
レボルト様の為になら、どんな命令でも出来ると、心から誓う。

「グラディス、ただいま馳せ参じました」

伝達の者に、レボルト様が自室に来るように言っていると言われて、急ぎ服を整えて向かった。小間使いに出迎えられ、通されてまず首を下げた。膝をつき、刀を床へと置いて。
それから顔を上げて、自分が通されたのがレボルト様の応接室たる自室ではないことに気づく。机に座っているものとばかりに思っていたが、そこにはまぎれもなくベッドが置かれていて、そこに座るレボルト様はまぎれもなく薄手の寝間偽を着ていられた。
三つ編みをほどいた姿に、慌てて視線を下げた。
おそらくあれは、見てはいけない物だ。本能的に感じて、視線を上げないままに言葉を待つ。

「ふ、ふははっ!何を慌てる必要がある、グラディス」
「あ…いえ……応接室かと…拙者、勘違いしておりました故…」

しどろもどろに言葉を紡ぐと、頭上で笑う声がまた響く。
予期せぬ事態に、てっきり地球への派遣だと思ったが、雰囲気が違うようだ。何のために呼び出しを受けたのか予測ができず、とにもかくにも言葉を待つしかなかった。

「自室と言ったではないか。ふふふ…女のベッドルームに初めて入ったような顔をしておったぞ、グラディス」

揶揄する言葉に含みを感じて、首筋から熱くなるような気がした。
情けない事に、女人との接触は不慣れだ。元服など当の昔に終えたはずなのに、女人との関係を持つこともなく今に至っている。自分が考え過ぎなのだと頭を軽く振って、また深く頭を下げる。

「…それで、レボルト様。ご用命は…」
「ああ、そうだったな。まあ、まずは表を上げたらどうだ」
「…は」

言われるがままに顔をあげるが、視線は依然床に落としたままだ。
どうにもいけない。
言葉の真意を量り損ねて、自分は目の前の事に気が回せそうにない。せっかく、数ある部下の中から拙者を選んでくださったのだ。拙者にならできると、期待をされているということにほかならないのだ。その期待を裏切ることはできない。

「村正は置いて、こっちに来い」
「…はい」

愛刀を部屋の隅へと立て、今度はレボルト様の目の前へ膝を折る。
益々、思惑を図ることは出来ない。
薄手の寝間着から延びる素足が、ビロードの床の上に垂れている様は、勘違いをしそうになる。レボルト様は間違いようもなく、男性であるのに。三つ編みの解けた長い金髪も、そう思ってしまう理由の一つなのだろうか。
こんな事を考えているなんて、決して悟られるわけにはいかない。
不埒で、汚らわしい感情だ。
そんな胸の内を隠そうとした、罰でも当たったのだろうか。
眼前に、足を出された。

「っ……れ…ぼると、さま…?」

裾の長い服に隠れていた足が、今目の前に差し出されていた。
陽に焼けることを知らないような白さに、目を奪われる。
強烈な魅了を振り切って、目を瞑った。見てはいけない。これ以上見ては、何が起こるかわかったものではない。
妖しい魅了を放つものに触れるには、自分はあまりにも未熟だ。

「爪を、だな」
「つめ…ですか」
「ああ、手は自分で出来ても足は難しい。グラディス、お前は刃物を扱っているだろう?戯れだが、貴様に任せる」

任せる、という言葉をこれほど呪った事はない。
見る事も罪深いと思っているのに、さらには触れろと言う。
小さな鑢を目の前に突き付けられ、咄嗟に受け取ってしまった。自分に逃げる道は最初からないとはいえ、動揺した胸には滑らかな足先は刺激が強い。
男性の、ましてや自分の主君たるレボルト様に、何を考えているのだ。
震えそうになる手を押さえつけ、小さく深呼吸をする。それでも胸の動悸は落ち着きそうもないが、視界が少し広くなった。
両手ですくい上げるように、足に触れる。
瞬間、上から声が降ってくる。

「んっ、…ぁ…」

小さな、ため息のような声だ。
しかし、静かな部屋には轟音のような衝撃を持って響いた。
まさしく、雷に打たれたような心地だった。

「…ぁ、ふ…グラディス、随分と手が冷えておるな…緊張しているのか?それとも……ははっ…なにをかんがえている?」

足元から火であぶられている。熱くて、背筋に汗が流れる。羞恥心が燃えている。
どうにかなってしまう、羞恥心で殺されるのだ。嗚呼、なんと情けない。
目に見えて震える手から足がするりと抜けて、首元へと伸ばされた。なにを、とおもうよりも早く、つま先で首を撫でられた。

「っ、あ…ッ!」

 大げさに肩が震えて、声が漏れる。身体を引こうとしたが、上から押さえつけられて身動きが取れない。金縛り、というのはこういうことだと思う。
見上げると、レボルト様と視線がかちあう。
強く燃える、炎を見る。
雷に打たれて、燃える体は、後は焼かれるしかない。

「グラディス………なあ、グラディスよ。この俺と、なにがしたいんだ?」

見え透いた嘘が、剥がされていく。
服の中に入り込むつま先に、触れたい。
口づけが、したい。









一月二十六日
誕生花「アマリリス(花水仙) Belladonna lily」
花言葉「虚栄」

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