本棚4

□サザンカを抱く
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ふっくらとした唇は、果物のように見える。
小さなビーティーの唇は、得意げに吊り上ると一層柔らかさを主張するように盛り上がって、小さな果実のようだった。
苺よりはサクランボに近い。
ふっくらとした赤い皮の、触れると柔らかい、あの小さな果物。

「狩りに行きたいね」

そんな、綺麗な唇から出てきた単語の意味が、僕はよく理解できなかった。
およそ現代社会にはそぐわない言葉で、暫く呆けたままビーティーの顔を見つめて、結局くびをかしげる。
かりって、いったいどういう意味。
まさかケイパーに関する暗喩なのだろうか。
恐ろしい事にならないといいけど、彼と出かけた先ではいつだって覚悟を強いられるんだ。

「えっと…どういう意味だい…?」
「苺狩りとか。今だったら林檎狩りかな。うーん、でも、もう時期は過ぎてしまってるかもしれないし、紅葉狩りの方がいいかもね」
「ああ、そういう意味か!」

ようやく合点がいって、膝を打つ。
てっきり何かのケイパーの計画かと思って身構えていた僕は、ただの遠出の計画に心底安心した。
口元をにやりとつり上げて、ビーティーがからかう様な口調で言う。

「なんだい?君はどんな意味だと思ったのかな?親父狩り?」
「ぶ、物騒だなぁ!違うって、僕が悪かったってば…紅葉狩りに行きたいの?」

頭の中で紅葉が見れる場所を考えるけど、よく釣りに出かける湖を思い浮かべた。
あそこは紅葉の時期になると湖の真っ赤なもみじが浮かんでとても綺麗なんだ。
件の危ない人たちは、流石にもういないだろうけど、どうだろうか。
もう一度行くのはやっぱり危ないかもしれない。
せめて、再びあっても反撃が出来る準備はしていかないと。
なんて事を考えている自分に気づいて、はっとする。
昔の僕だったら二度と行かないと言っただろうに、僕は反撃をする気でいた。
案外、過激な事を考えてしまったのは僕の方に原因があるのかもしれないな。

「うーん、そうだね。そうかもしれない」
「なんだい?はっきりしないなぁ」
「正直な事を言えば、君と出かけるならどこでもいいんだよ」
「…へ」

今度は、言葉の意味を理解して、動きが止まる。
なんでもないって顔をして、ビーティーはコーヒーカップに手を伸ばす。
ブラックのコーヒーはとても苦くて、僕はまだ飲めない。
ビーティーはなんでもないって顔をして飲んでいる。
じわじわと赤くなってくる頬に、恥ずかしさが頭の天辺まで湧き上がってくる。
君はなんでもないって顔をしているけど、その言葉すごい意味があるんだよ。
だって、僕がいなきゃ意味がないってことじゃあないか。
凄い殺し文句なんだよ。

「そ…そう…」
「どこでもいいんだ。本当に。それこそ…ベッドでもいいよ」
「なっ…!?」

軽く吸いこんだメロンソーダを思いっきり吹きだしてしまいそうになった。
慌ててきょろきょろと見まわすけど、少しざわついたファミレスでは誰も気にする様子は無い。
二人っきりならまだしも、こんなに人がいるところでいうことじゃないよ。
彼にはいつでも、どこでも、ドキドキさせられっぱなしだ。

「ふふ、冗談」

小さい唇を柔らかくゆるませて、君はまた笑う。
今度こそ落ち着いてメロンソーダを吸い込む。
しゅわしゅわと炭酸が弾けて、舌を撫ぜて通り過ぎて行く。
我が強くて、欲しい物には眼がなくて、手段も選ばない君だけど。
不思議と僕が本当に困る我儘はあまり言わないね。
僕がもう逃げられない状況になっていう我儘は除くとして。
だからかな、君の望みはなんでも叶えてあげたいって思うんだよ。

「…行こうか」
「ベッド?」
「じゃっ、なくて…!紅葉狩り、行こうよ。二人でさ」
「本当?」

ぱちぱち、瞬きの音が聞こえるようだった。
軽い世間話のつもりだったのかもしれない。
けど、行こうかって言うってことは、少しは行きたいってことなんだろう。
紅葉狩りじゃなくても、きっとどこかに出かけたいんだ。

「本当。ただ…自転車で行ける範囲だから、隣町ぐらいになっちゃうけどさ…」
「ううん、いいよ。言っただろう?君がいてくれれば、場所は問題じゃないんだよ。公一」

さきほどまでの、静かで綺麗な笑顔が、ぱっと華やぐ。
急に年が近くなった様な錯覚を覚えた。
ずっと僕たちは同い年の同級生のはずなのに、急にビーティーが子供っぽくなった様に見えた。
中学生らしい、子供っぽい笑顔だ。
可愛い、丸い頬が似合う、目をキラキラさせた笑顔。
きゅうっと胸が締め付けられる。
ああ、僕はこの顔が見たかったんだ。
君の喜ぶ顔を見たくて、僕は頑張れるんだね。

「デート、楽しみにしてるね。公一」
「っ、き…きみは…もう…ッ!」

悪戯っぽくわらって、小さくちゅっとリップ音を立てられた。
投げキスのような仕草に、頬杖をついてする仕草は男よりもずっと女の子がやるような仕草に近かった。
動揺して、今度こそ吹きだした。
メロンソーダの染みが制服に落ちて、甘ったるい匂いが充満する。
男なのに、時々僕は君の性別がわからなくなる。
男らしさと一緒に同居する魔性さに、今日も僕は翻弄される。
でも、毎日を刺激的に彩ってくれる君は、きっと理想的な恋人なんだね。
僕も君も、お互いをこんなにも大好きなんだもの。
さて、次はどこに行こうか。

「僕もね…君がいれば、何だって楽しいんだよ。ビーティー」





サザンカを抱く







11月16日誕生花:サザンカ(赤)
花言葉:謙譲、愛嬌、理想の恋
おめとうございます。
公Bちゃんは二人してお互いが、理想の恋人だともう歓喜で踊り狂いますよね

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