本棚4

□この世界で二人きりになれたらいいのにね
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焦げた、モクの匂いが染み付いている。

「……臭い」
「…………なら、嗅がなければいいだろう」

たてがみのように背中を隠す髪に顔を寄せて、不機嫌さを隠さずに言えば呆れたような声で返された。
銀白色というより、灰色と言った方が似合いの髪の隙間からは赤い擦り傷が見え隠れする。
自分がつけた跡が、傷跡ではないというのは何度見ても新鮮だった。
ベッドの端に腰掛けていたシュウが、振り返ってこちらを見下ろす。
気に食わないな、と思うのは見下ろされるのはすかんからだ。

「貴様、ちゃんと風呂に入っているのか?」
「失礼だな。ちゃんと髪が濡れていたのを確認したのはお前自身だろう、サウザー」
「俺が聞いているのはちゃんと石鹸で洗ったのかという事だ!」
「……必要ないだろう。女や子供じゃないのだから」

まるで子供のような事を言うと、ベッドサイドに置かせた水差しを掴んでそのまま注ぎ口に口をつける。
作法がなってないと言いたいところだが、豪快に水を煽るのは様になっていた。
けだるい体を引き起こして、またシュウの髪に顔を近付ける。
やはり、煙たい匂いがした。
対して上手くもないのに、何を好んで煙草を吸うのか。
まったく理解できない。

「次はちゃんと石鹸で流しからにしろ」
「……わかったよ、善処する」
「善処ではない!誓え!」
「…サウザー」
「シュウ、いいか。ちゃんと誓え、俺に誓いをたて、ろっ…んっ……ッ!」

上半身を起こして詰め寄る。
と、思ったのだが、顎を掬いあげられ口付けられた。反論は口の中にとどまり、吐き出されることなく渦巻く。
薄く開いた口に生ぬるい水を注がれ、仕方なく飲み込んでしまえば追及の言葉も共に飲んでしまった。

「…っはぁ……しゅ…ぅ…貴様…ガキが出来てから、誤魔化し方が随分うまくなったな…」
「そう思うのに、ごまかされてはくれんのだ」
「いまさら取り繕うこともないだろう。……そんなに言うなら誤魔化されてやってもいいぞ」

口の端を意識して吊り上げ笑えば、ほんの少しだけシュウが表情を曇らせた。
なにも今度は声を寄越せという類いの無理難題を頼もうと言ったのではないのに、貴様こそ失礼だな。

「もう一度。喉が乾いた…誰かのせいでカラカラだ」

それだけで理解したシュウは、さっきと同じように水差しに口をつける。
猫が伸びをするように顔を寄せて待てば、いくらかやわらかく口付けが降ってくる。
合わせを深くするように顔を傾け、水がこぼれないように恐る恐る口を開いて受け入れる。
やはり生ぬるい水はうまくない。
しかし、いらん事を口走りそうな口にはちょうどよかった。
幸せな家庭になど戻らずここにいろなどと、世迷言を口にしないで飲み込んでいられる。
一人になどするな。
お師さんと二人しか居なかった世界に、入り込んできた責任をとれ。
お前はお師さんの変わりのように世界に入り込んできたんだ。
たった二人だけの世界になど、俺だけをそんな気持ちにさせるな。
全部、口移しの水と共に飲み込んで、永遠に言葉にはならないが。



シュサウへのお題は『この世界で二人きりになれたらいいのにね』です。 http://bit.ly/1p7uA77
そう思っているのはサウザーちゃんだけっていうあれ
切ない

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