本棚4

□ノウゼンカズラの花のように
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僕の親友で、相棒で、恋人のビーティーは、とても欲深い。
欲しいものに労力は惜しまず、また手段も選ばない。
ケイパーだと称して行われる犯罪行為の数々は、まだ時効が成立していないのが山ほどある。
むしろ、毎年のようにその時効が成立していない事件の数々が増えているように思えた。
それもこれも、彼が無邪気に奔放さを発揮させるからだ。
と、同時に彼の行為を止められない僕にも大きく責任があった。
彼の行為を黙認している時点で、僕は事件の関係者なんだから。
無関係でなんかいられない。
思えば、一番最初に彼の行為を黙認してしまったあのサマーキャンプ事件、あの時から僕は彼から離れられないマジナイをかけられてしまったんだと思う。
それこそ一生、彼の魅力から離れられない。
悪に対する飽くなき憧憬を刺激され、魔性の魅惑を振りまく彼に、僕はすっかり虜にされてしまっている。
僕がビーティーを好きだと思えば思うほど、僕は一つの疑問が膨れて喉を圧迫するのを感じていた。

「君は、僕のどこが好きなんだろうね…」

はた、と我に返る。
慌てて周りを見渡す。
そこは駅の中にあるカフェで、僕はテラス席に座っていた。
大学の講義を終えた僕は、ビーティーが来るのを待っていたのを思い出して、時計を見ると待ち合わせまであと五分だった。
幸い、声もそんなに大きくなかったみたいで、僕はほっとして胸をなでおろす。
こんな恥ずかしい独り言、誰かに聞かれていたら顔が真っ赤に茹ってしまう自信があった。
自信がないセリフを口にしたのに、自信があるというのもなんだか奇妙な感じがするけれど、実際問題僕は自分に自信がない。
ビーティーは女の子たちが色めき立つほど、顔が整っている。
出会ったころの彼はまさしく、美少年であった。
そんな彼は演劇の道に進み益々その美貌を磨いている。
元々線が細いのも手伝って、ビーティーは着ている服によっては女性に見られることもあった。
胸もなければ柔らかく丸みを帯びたお尻をしているというわけでもない、シルエットはどう見ても男のそれなのに、だ。
舞台でも時折、女形をするからなのかもしれないと気づいたのは最近だ。
それともう一つの可能性を思ったけど、僕はそれについてはなるべく見ないふりをしている。
もし、ビーティーが抱かれているからそうやって女性のような雰囲気を醸し出すのなら、原因は僕にあるからだ。
卑怯だとわかっているのだけど、僕はさすがにそうではないだろうと視線を逸らしてみない振りを決める。
一概に、理由は一つじゃないとも思うし。
昔から中性的な顔立ちではあったから、一つの事柄が全てじゃなくて、いろんな事が重なっている可能性だってある。
僕はそうやって言い訳をしながら、ビーティーという存在を変えてしまったんじゃないかという可能性に少し肝を冷やす。
僕を理由に、誰かを変えてしまうのは怖い。
ビーティーに変えられてしまうのはわかるのだけど、僕のような平凡な人間が誰かを変えてしまうなんてあっていいことじゃあないと思うんだ。

「公一」

後ろからかかった声に振り向くと、片手にエスプレッソの小さなカップを持ったビーティーが立っていた。
細身のタイトジーンズに、柔らかくゆったりとしたシャツを着て、首元にはスカーフを巻いている。
どう見てもシャツは男物ではないし、紫を基調にしたスカーフも女性ものだろう。
問題の一つとして、ビーティー自身があまり男物や女物に頓着がないのもあると思う。
着れるし似合うから問題がないというスタンスは、正直な話ビーティーだから許される理論だろう。
女物の服を僕が着れたからって、それを着て歩き回るには無理がある。
時計を見てみると待ち合わせの時間ぴったりで、自然に僕の前の席に座ってカップに口をつける。
それから、紫のような不思議な色をした視線を僕に向けて口を開く。

「お待たせ。待ったかい?」
「ううん、そんなに待っていないよ」

すっかり氷で薄まってしまったカプチーノにおざなりに口をつけてから返事をする。
残暑は過ぎているとはいえ気温は暑い。
待ち合わせの為にもテラス席をと思ったけど、やっぱり冷房の効いた店内にいるべきだったのかもしれない。

「その割に、随分とぼんやりしていたな」
「うーん…まあ、ちょっと考え事をしてたよ」
「僕の事だろ?」

一瞬、どうしてわかったの、と返事をしようとして口をつぐんだ。
中学生の時の僕だったらすぐに言ってしまっただろうけど、さすがにもう五年以上も一緒にいるんだ。
ビーティーのその問いかけが誘導尋問の入口なのはよくよく知っている。
とはいえ、ビーティーの事を考えていたのは事実だった。
なにもはぐらかすことはないのかもしれない。

「そうだね、君の事を考えていた」
「………以外だな、まさか素直に認めるなんて思っていなかったよ」
「僕は結構素直な方だと思ってたんだけど」
「そうだけど、言い当てられるとむきになるじゃないか。そういう所が可愛くて好きなのに」

さらっと口にする言葉に、心臓が跳ね上がる。
友人以上であるせいか、過剰に好きだという言葉に反応してしまう。
誰かに聞かれたらと思ったけど、テラス席にいるのは僕とビーティーだけだから問題はない。
小さなカップを軽く飲み干して、ビーティーは立ち上がる。
行動力のある彼は、いつでもきびきびと動く。

「さて、じゃあ歩きながらどうして僕の事を考えていたのか説明してもらおうか」
「ええー…大したことじゃあないよー…」
「僕にとっては重要だよ。僕の知らない君の考えていることだもの。いいかい公一、僕は君が世界で一番好きなんだ。愛しているんだ。そんな相手の事を全部知りたいって思うのは、悪い事?」

悪い事、なんて言い方はずるい。
僕の事を知りたいと思ってくれるのが、嬉しくないわけがない。
それをわかっていて聞くのだから、やっぱり君はとても頭がよくて、僕の逃げ道を軽々と塞いでいく。

「ううん。……あのね、どうして君が僕の事を好きになってくれたんだろうなって…それを考えていたんだ」
「……」
「僕は勉強が出来るわけでも、面白いことが言えるわけでも、身長はそこそこ伸びたけど顔は別にかっこいいわけじゃないし……君が好きな珍しい部分は、僕にはなんにもないんだなぁって思って…」
「公一」
「ん?」

遮る様な声に、反射で言葉を切った。
返事の様な曖昧な言葉を出してしまった。
そのままビーティーを伺ってみると、真っすぐに前を向いたまま小さな唇を開くのが見えた。

「いいかい公一。次にそんな事を言ったら、僕は君の部屋にたくさんのスズメバチを放りこむよ」
「え」
「それから歯に糸をくくってそのつながった先を車に繋ぐ。あと、消火器の中身を思いっきり君にかけよう。勉強したから、本当に皮膚がただれる薬品もわかったよ」
「え、ちょ…なんで…!?」
「公一」

再び名前をよばれて、その真剣な響きに口を噤むしかなかった。
正面を見ていたビーティーの視線が、ゆっくりと動いて僕を映す。
まっすぐに僕を見る視線に、まるで射抜かれてしまった様に動けなくなってしまった。

「僕が大好きな君の事を悪く言うのは止めてくれ。君が、君自身が勝手に君の価値を貶めたりしないでくれ。僕は…僕はね、公一。公一の謙虚な所も好きだよ。でもね、そんな風に卑下しないでくれ……僕の大事な君を……わかった?」
「……うん…」
「本当に?」
「うん…うん……君が、想像した以上に、僕の事を好きでいてくれてるのが、わかったよ。ビーティー」

真っすぐで、偽りがない言葉だ。
思えば彼は僕に嘘らしい嘘をつくことはない。
トリックの為のブラフはあれど、僕を貶めたり欺いたりするために嘘はつかなかった。
正直にビーティーの本心だと信じられた。
真っすぐで恥ずかしさよりも、泣きたくなった。
僕はなんて馬鹿な事を考えて、彼を疑っていたんだろう。
ビーティーは僕が思っている以上に僕の事を真っすぐに、好きでいてくれたんだ。

「そうさ、僕は世界で一番。君の事が好きなんだよ、公一」

キラキラと自ら光る様な顔で笑うビーティーがまぶしくて、目を細める。
得意げで、自信満々で、僕が大好きな笑顔だ。
君にかかれば何でも自信が持てそうだよ。

「僕は君に好きでいてもらえて、とっても光栄だよ。ビーティー」





ノウゼンカズラの花のように





「僕も、世界で一番、君の事を愛しているよ」


8月19日の誕生花
ノウゼンカズラ(凌霄花)
花言葉:名誉、栄光

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