本棚4

□僕の結婚相手
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「…………ビーティー?」

そっと開けた寝室に、これもまたドアを開けた時のようにそっと声をかける。
時刻は深夜三時を少し回ったところだ。
スーツのままそっとベッドに近寄ると、布団の端からオレンジ色の髪が見えた。
枕元を覗き込むと、ふっさりと厚く生えそろったまつ毛の瞳は閉じられていて、ゆっくりと深い呼吸が聞こえる。
ふっくりとした唇はわずかに開いていて、なんだかあどけない雰囲気があった。
もうそろそろ三十代に入ろうとしている男性に言うには、少々不釣り合いかもしれないけれどビーティーだから仕方ない。
昔から彼はびっくりするぐらい少年らしくない事を口にしながらも、どこまでも純粋に無邪気な少年であったから。

「…ビーティー…?」

小さく聞こえるか聞こえないか、微妙な境目の音量で名前を呼んだ。
返事はやっぱりなくて、彼が完全に寝ていることがわかる。
それにやっぱり寝ているよね、と残念な気持ちと納得するような気持ちとケイパーしに行っていないなという安心する気持ちが一緒に湧き上がる。
一般企業へ就職した僕とモデルや舞台俳優をこなすビーティーは不規則な生活だから、時折こうやって彼が寝ている時間に帰ってくることがある。
ビーティーは比較的、夜型な生活をしているから滅多にないけれど、こうやって彼が寝ている時間に帰ってくると不思議な気持ちになる。
ここ数年、二人で一緒に暮らすようになって五年は経つ。
それなのに僕は家に帰るとビーティーがいるのが、いまだに不思議で仕方ない。
掴みどころがなくて、無邪気で、それでいて悪魔的な僕の恋人。
日本に住み続ける以上結婚はできないけれど、僕らがしているのはほとんど結婚のようなものだ。
お互いの両親、この場合ビーティーはおばあちゃんだが両方にすべてを告げてもいるからかもしれない。
ビーティーには告げない方が幸せな事もあると言われたけれど、僕は嘘を吐き続ける心苦しさに耐えられなかった。
話をした時、僕の両親は卒倒するしでもちろんひと悶着あったけれど、ビーティー君に魅力を感じてしまったらお前はもう誰も好きにはなれないだろうなと妙な納得をされて、僕らの同棲は許されてしまった。
対してビーティーのおばあちゃんは随分とあっさりしたもので、どうせそうなると思っていましたよ、なんていつもの何を考えているのかわからない顔で言った。
相変わらずサングラスの奥の眼は笑っているのか怒っているのかわからないけれど、とにかく僕らが恋人であることはなんと許されてしまった。
会社には言えないから友人とのルームシェアという形だけど、お揃いのカップや色違いの歯ブラシ、名前の入った小物の数々を見たらなんとなくわかられてしまいそうだ。
何より、寝室にベッドは一つしかない。
それだけでもう察してくれと言わんばかりだ。
先にも言ったように僕らは仕事の状況によって生活のタイミングが変わってしまう。
今日みたいに寝ているところに帰ってくることがある。
だからこそ、寝ている彼を起こすのは忍びないからベッドは二つにと思ったのに。
ベッドが二つあっても僕は君のベッドで寝て待っているからきっと無駄だよ公一、とにこにこしながら言われてしまったので折れた。
軽やかに僕の逃げ道を塞いで、我儘のような睦言を言うビーティーが僕はとても好ましく思うから。
結局、僕は君の我儘も要望も願望も、全部叶えてあげたいとおもってしまうんだもの。
確かに、両親の言った通りだ。
こんなに刺激的な日々をくれるビーティーを好きになってしまって、これ以上にカラフルな毎日をくれる人を探すなんて、絶対に無理だ。
なるべくベッドを揺らさないようにしながら空いたスペースに腰掛ける。
ネクタイを緩めて、楽になった首をさする。
小さく身じろぎをしたけれど、ビーティーが起きだすような気配はない。

「……びーてぃー…」

最後のつもりでもう一度名前を呼ぶ。
深く眠りに落ちたビーティーから返事は無い。
ギィ、とスプリングが音を立てたけど、ゆっくりと身体を折ってそのままビーティーの顔へキスをする。
額へ一つ。
それから頬へも一つ。
最後に唇に。
そうして僕も寝てしまおう、そう思っていた。
触れる瞬間、視界の端に何かが見えた。

「えっ、んんんっ?!」

首の後ろに何かを押しつけられて、そのまま乱暴にビーティーの顔へと倒れ込む。
ぶつかると思ったけれど思ったよりも衝撃は無く、むしろ柔らかく受け入れられた。
それによって僕は、最初から踊らされていた事を思い知る。
せめてもの意趣返しだと思って、唇を割り開いて舌をねじ込む。
そのまま暖かい粘膜をさすって、唾液を混ぜて深く深くキスをする。

「んっ…ぅ…ふ、ぁ……こういちぃ……」
「……きみ、いつから起きてたのさ…」

とろとろと快楽で溶けはじめた顔のビーティーを見下ろしながら、疑問をなげかける。
首に押し当てられたのはビーティーの腕だ。
よくよくみれば、両手で頭を抱きしめる様に回されている。
すっかりビーティーを押し倒す様な体勢で、これではまるで僕が夜這いをしたみたいじゃないか。

「ん?君が玄関の鍵を開けた時から」
「最初っからじゃないか…!」

僕は部屋に入った時には起きていたんだろうなと予想していたのだけど、玄関の鍵を開けた本当に最初の時からなのは予想をしていなかった。
君のおばあちゃんはよく、僕が扉を開ける前に来たのがわかったけど。
まさか君までも出来るなんて、本当に僕をどこまでも驚かせるなんだから。

「おかえり、公一…おつかれさま」


唇に軽くキスをされたけど、それは舌を絡めるようなキスじゃなくて優しい労わるようなキス。
絡めた腕はそのままで、どうやら離してくれる気はないらしい。
身体の下にある暖かい体温に、甘やかされる口づけに、つい僕は不埒な事を考えてしまう。
疲れている体で、少しだけ気持ちが高揚しているのかもしれない。
いつもはビーティーが積極的にベッドに誘うから、なんだか僕から仕掛けるのは久しぶりかもしれない。

「ただいま…ねぇ、ビーティー」
「なあに、公一」
「スーツ、まだ脱いでないんだけど……」
「新しいの買ってあげる」
「そういうことじゃなくて……まだ、ねむい…?ああ…寝てはないんだっけ…まだ、起きていられる?」
「ふふ……もちろん。ね、スーツのままでいいよ、公一。しよ?」

するりと足で下肢を撫でられた。
相変わらず、僕の思考を察するのに長けている。
僕だけじゃなくて人の思考を読むのが、ビーティーは本当に上手い。
だからこそ、マジックやケイパーが出来るのだけど、雰囲気を作ろうと思った僕の気持ちも察して欲しかった。

「……っ、ああ…もう!君は直接的すぎだよ…!」
「そういう僕が好きでしょ?僕は、ロマンチストな君も好きだけど…劣情をぶつけて余裕がないのが、大好きなんだよ」
「本当に……加減、できないかもしれないよ…?」
「いいよ。そうして欲しいって、いつも言ってるじゃない…公一、はやく…僕も君と、えっちしたい」

唇を柔らかく食まれて、離れる間際に舌で舐められる。
耳元に吹きこまれる言葉に、背筋が震える。
本当に、君はどれだけ一緒にいても僕を新鮮な気持ちにさせる。
どれだけいても、飽きる気がしないよ。
薄手のシャツの隙間から手を差し入れながら、今度は僕から口づける。
首に回されていた腕が動いて、首元でたるんだネクタイを引き抜かれる。

「ふ…ん……んぅ…はぁ……いい、公一…ネクタイ…いやらしい」

唾液で濡れる唇を舐めながら笑う、君だって十分えっちだよ。
頭の奥で情欲が燃えていて、理性は真っ黒に焦げ付いている。
冷静な部分が、明日の予定を叫んでいる。
けど、それもぶすぶすと煙を上げて燃えていく。
二人だけで住むこの家で、声を気にする事はなくていいのだから。





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