本棚4

□水兵リーベ僕の船
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海に行こうって事になった。
宇宙人が日夜攻めて来ているとか、ボーンの暴走とか、地球の命運とか、そういう事を一先ずおいて、海に行くことになった。
大体察してもらえる通りに言い出したのはアントニオで。
潮干狩りにいくなら私も行こうという斜め上の発言をしたのはルークで。
まあ少しは息抜きが必要ですよねと同意をしたのはタイロンで。
砂浜で走るのは良いトレーニングになるかもしれませんから行きましょうと言ったのはギルバートだ。
まさか皆が皆、思い思いの理由でオッケーを出すとは思っていなかった俺は正直面食らった。
特に、毎日のような口を酸っぱくしてどうしてもっと真面目にできないんですかどうしてもっととまるで学級委員長みたいな事を言っているギルバートが承諾したのが意外だった。
アントニオに対して絶対に、何を言ってるんですかあなた馬鹿なんですかどうしてこんな時にそんなのんきなことを言えるんですか僕の事を坊や呼ばわりしてますけど海水浴に行きたいなんてあなたこそ子供なんじゃないですか、ぐらいの事は言うだろうと思っていた。
いつものまくしたてるような口調ではっきりと脳内に浮かんだそれに苦笑しながら、結局俺も流されるように一緒に海水浴に来ているのだから何も言えないなと思う。
ルーク達に出会った時はまだ長袖だったのに、俺たちもいつの間にか夏服になっていた。
盛大にイメージチェンジをするような夏服にしてきたのはルークだけで、他のメンバーは大きく服装のイメージが変わらなかったから気にも留めていなかった。
けれど、それは結構な時間を俺たちは共有し合っているんだという証明だった。
季節が変わってしまうほどに、一緒にいるのだ。
それがたとえ、世界を救うためなんていう漫画の中の出来事みたいな理由でも。

「おおーいショーゴ!早く来いよー!ヒャッホー!」
「だめですよアントニオ!ちゃんと準備運動しないと溺れてしまいます!」

海水浴場へ付いた途端に服を脱ぎだしたアントニオは、どうやら下に水着を吐いてきたらしくて勢いよくそのまま海に向かって走っていく。
その後ろをお母さんみたいな事を言いながら追いかけていくタイロンを見送る。
照りつける日差しは痛いほどで、絶好の海水浴日和だ。
瞼を焼く太陽に目を細めながら、件の夏服のまま浜辺を歩いていくルークを見つけて慌てて止める。

「ちょ、ちょっとルーク?!そのまま入るつもりかよ?!」
「何を言ってる。着衣のまま海に入るなど自殺志願者がすることだぞ」
「えー…なんで俺が変な事言ったみたいな感じなの……念のため言っておくけど潮干狩りはここできないからな…?」
「心得ている。私は砂浜でサグラダ・ファミリアの建設を始める」
「……できるといいな」
「楽しみにしてくれ」

いつもと同じで表情を変えないまま本格的なサンドアートの道具を持って歩いていく姿は職人のようだけど、やっぱりルークってどこか変わっていると思う。
そういえば、最初の登場の時も一人だけ上からだったしな。
ただ、その変なところも生真面目すぎるからだということもよくわかっている。
わかるようになったんだ。
視覚で感じるその人の外見だけじゃなくて、内側のことまで。

「竜神翔悟」

ドキッ、として一瞬呼吸が止まった。
後ろからかけられた声に振り向くと、黒の大人びたハットではなく麦わら帽子を被ったギルバートがいる。
いつもの白い半袖のシャツに、赤いネクタイをしている。
さすがに今日はベストは着ていない。
荷物を抱え直したギルバートは、また翔悟と名前を呼んだ。

「あなた、泳ぐんでしょう?着替えなくていいんですか?」
「あ、ああ…そういや、ギルバートはどうすんの?」
「水泳は全身運動ですからね。波のある海の中で泳ぐのも、やはり良いトレーニングになりますから」
「つまり泳ぐの?」
「そういうことです。一つ言っておきますが、あなたはネポスに狙われている身の上です」
「え、急になになに」
「ですから、あなたを一人にするわけにはいきません。いいですか、あなたは狙われているんです。何故か皆さん浮足立っていますけど、敵が今日一日僕たちを暇にしてくれる可能性はないんですからね。……だから、仕方ないですけど僕があなたに付き添ってあげます」

つまりは、早く更衣室へ行かせろ。
ということでいいのだろうか。
お世辞にも察しが良いとは言えない俺だけど、なんとなく言いたい事はわかったので、本格的に機嫌を損ねる前に向かう事にした。
ギルバートの機嫌を損ねないようにするのはゲームで言ったら結構なハードモードだ。
俺は上手く出来た事が一度も無い。
それなのに、俺達は今でも不思議なんだけど付き合っている。
いや、付き合っていると言うのはあってないかもしれない。
なんだか勢いそのままにキスしてしまって、責任とってもらいますからねって顔を真っ赤にするギルバートが可愛いなとおもったから、あれやっぱり俺、ギルバートの事好きなんじゃないか。
好きだと言った事もないし、言われた事なんか当然ない。
優しくされたのかと言えば、優しくも労わられた事も全くない。
すると、俺達はやっぱり付き合っていない。
じゃあたまにみんなの目を盗んでするキスには、一体どんな意味があるんだろうか。

「考え事ですか」
「へあっ、あ?!」
「ッ、そんなに驚くこと無いでしょう……もしかして、熱射病にでもなったんですか?顔、赤いですよ?」
「い、いやっ…なんでもない……っ!お、結構人いないなーラッキーじゃん」

慌てて話題を反らすと、対して気にしていなかったのかギルバートの視線が移る。
よかった、このまま追及されたら隠しきれる自信は無かった。

「そうですね。では、着替えたら待っていますからね。一人で行動は許しませんよ」

そう言って簡易式の更衣室の中へ入ってギルバートに、お前は俺のお母さんかという言葉を聞かせる事はできなかった。
ルークほどではないけれど、ギルバートも気真面目な方だ。
だから、ネポスがドラゴンボーンを狙っているという事が、どれだけ重要なのかをちゃんと理解している。
理解していないのは、適合者の俺のほうだ。

「……考えるの止めよ…」

着替えるのが遅くなったらそれはそれでギルバートに怒られそうだから、さっさと着替えることにした。
そうだ、せっかく海水浴に来ているんだ。
楽しまないのは損だ。
息抜きだってたまには必要だ。
勉強の合間にちらっとベッドの下に隠した雑誌を持ち出すのだって、ちょっとした息抜きなんだし。
更衣室に入って服を脱ぎ、荷物の中から水着を出して着替えればすぐに終わる。
着替えは適当にくしゃくしゃのまま突っ込んで砂浜へと戻る。
ほんの少し日陰に頂けなのに、急に太陽の日差しが強くなった様な錯覚。
一瞬目を瞑ってから、少しずつ視界が戻るのを待つ。
戻ってきた視界で、キョロキョロとブロンドの髪を探すけど見あたらなかった。

「あれ、…?」

てっきり先にいて、遅かったですね敵に襲われてしまったのかと思いましたよ、ぐらいの嫌みは言われるかなと思っていたのにギルバートの姿はなかった。
さきほどギルバートが入った更衣室のカーテンを見ると、ギルバートの靴があるのが見える。
まだ着替えが済んでいないようで、拍子ぬけた。
そんなに大変じゃないだろうに。
もしかしたら、ちゃんと服を畳んだいるのかもしれないな。
ギルバート真面目だし。
海に視線を向けると、反射にチカチカして目を細める。
本当に絶好の海日和だ。
ギルバートが言うように、敵がいつやってくるのかはまったくわからないけど、今日だけは一日来ないでくれと思わずにはいられなかった。

「早かったですね」
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