本棚4

□パパラチアの宝石
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その日は、採掘場の仕事だった。
採掘場には、よくティガーが出入りする。
アニマの気配に敏感なティガーは、その時々で様々な事を感じ取った。
鉱脈の気配、水脈の気配、魔物の気配。
あらゆる気配を読んで、実際に掘った先の結果で給金をもらう。
大体は足代と手数料、それと出来高払いが基本だ。
その日は、一際大きな鉱石の場所を言い当てる事ができたのでかなりの高収入だ。

「いやーほんとラッキーだったなー」

笑みを隠すことなく、半歩後ろを歩く相棒に声をかけると、返事はないが頷かれる。
今回はあまり剣をふるう様なことがなかったから、そんなに動いていない相棒は少しばかり物足りなさそうな気配を感じた。
いつもいつも命の危険にさらされる様な仕事ばかりじゃ、寿命が縮んじまうってのに。
それでもグスタフが生き生きとしているのはやはり、大剣をふるっている時なんだからとんだ戦闘狂だ。
でも、それは本人には自覚が無い部分だ。
あまり争い事を好まないふるまいをするが、実際は内側に荒々しく燃える業火を湛えている。
まったく困ったギャップだと思う。
そんな相棒と五年も一緒にいれば、考えていることは大体予想できた。
最初はもうコンビ解消してやろうかと頭にくるたびに思ったが、それを何とか抑え込んで俺が大人の対応をしてやった結果だ。
これは是非ともこの相棒には感謝して欲しいぐらいなのだが、それと同じぐらいグスタフには命を救われている場面がある。
お互い、よい具合なんだろうなと思う。
天秤がつり合ってきた。
いいバランスだ。

「どうする?先に宿いくか?それとも飯?」
「そうだな…ロベルトに任せる」
「そう?なら先に宿!そんで風呂!今思い出したんだけどさ、俺結構泥だらけだったわー。ほら、上に居た鉱夫が下ちゃんと確認しないで掘った土下に落としたじゃん?そんとき、防ぎきらなくてもろに被ったの、今日の収入が良かったからすっかり忘れたぜ…あー、やばい…思い出したらすごく頭かゆくなってきた…やばい、服の中の土入ってる気がする」

喋りながら今日の事を思い出して、少しずつ声のトーンが下がっていく。
振ってきたのが渇いた土だったから被害は少なかったけど、これが泥だったらもっと悲惨だった。
そう思えばラッキーだったけど、被害があったのは俺だけだった。
ちょうどグスタフとの距離が離れていたってのもあるけど、一人無事な相棒に理不尽にも当たりたくなる。
ずるい、でもそれは子供のすることなのは重々理解しているから心を落ち着かせる。
ただでさえ一緒にいると、グスタフのが年上に思われることが増えてきちまったんだ。
最初は見下ろしていたはずの身長は見る間に同じ視線にまで成長して、僅かに少しだけ目線は上だ。
追い越す方は良い気分かもしれないけど、追い越される方の気持ちも考えてほしい。

「あー…やばいかも。髪を振ったら無限に土が落ちてくる気がする…髪も茶色になってる気がする…」
「…いつも通り、綺麗な銀髪だが」
「っ!……喋ったと思ったらさぁ…急にそういう事言うの止めろよな。心臓に悪い」

一瞬歩みが遅くなって、自然にグスタフの隣に落ち着く。
ほとんど変わらない目線は成長の証だけど、空気のよめなさは退化してる。
多少なりとも相棒以上の感情を持っているのだから、褒められるのはやぶさかではない。
けれど、何もこんな誰が聞いているかもわからない雑踏の中で言わなくてもいいではないか。
こんな所ではキスの一つもくれてやれない。

「気に障ったか?」
「そういう事じゃないけどさ……あ?」

どんな顔をしてそんな事を言うんだと思うけど、見なくたってほとんど表情の変わらないいつも通りの顔をしているのはわかっている。
雰囲気で悪いことをしたって気遣いを匂わせるから、本当に初対面の人からしたら扱いづらいだろう。
しかし、それでも自分ばかりが振り回されているような感覚が払しょくできない。
気まずい感情を誤魔化すように襟元を摩る。
すると、コートとと服の間に大きめの石が入り込んでいる感触があった。
これは宿に入る前に脱げる範囲で服を脱いで叩かないとやばいんじゃないか。
ここら辺にはよく来ているから、宿の主人とは顔なじみだ。
世話になっているからといって甘えられる範囲を超えている汚れっぷりだ。

「うおぉぉ…ほんとやばい…石まで…あっ、くそ。服の中入る…!グスタフ、悪いけど取ってくれ、なんか石入り込んでるだろ?」

襟首を引っ張って、うなじを晒すようにして見せる。
一瞬、グスタフの動きが止まっている気配を感じて振り向く。
「おい?聞いてた?」
「…ああ、聞いていた」
「なら早いとこ取ってくれよー、このまま服の中はいっちまったら気持ち悪いじゃんか」
「ああ」

体温の高い手が触れるのがわかる。
熱いほどの手の平は、精神的にも困憊していた身体には心地よい。
首筋を撫でるように動いた手が離れると、首元の違和感が消える。

「ありがとな、グスタフ」
「ああ。…ロベルト」
「なに?」
「どうやら、鉱石の欠片みたいだ」
「え、さっきの?」

差し出された手の平を見ると、一センチ程度のだけど赤にもピンクにも見える鉱石の欠片がある。
報酬とは別の臨時収入のようなものに、気分がぐっと上向く。

「やりぃ!いや、泥被ってみるもんだなー!どれ…お、赤い鉱石…に、しちゃあなんだか……サファイアか!」

受け取って光のかざすと、アニマの感触が赤い鉱石とは違う種類の感触を感じた。
炎のアニマを込めて見ようとするが、それとは違うようで上手く力が伝わらない。
光を受けて光る石は、宝石に近い。
宝石にも当然アニマを込めれば仕えるが、輝きの強さから装飾品向きだ。
実用品じゃないが、高くは売れる。

「パパラチアサファイア…かな。それなら相当いい金になるぞー!ラッキーだ!グスタフお手柄だな!」
「私はただ取っただけだが」
「俺だけだったら気にもしないで捨てちまったよ、だから確認して捨てなかったグスタフの手柄だ。ありがたく受け取れよ」
「…ロベルトが言うなら」

とりあえずは明日鑑定してもらうか、と言って小さな巾着の袋を探す。
瓶や箱の方がいいのはわかるんだけど、戦闘になった時に邪魔だし使わない時はかさばるから基本は皮袋だ。
そして、鉱山に行く時は代金の一部が現物支給だったらするから持っている。
小さな片手よりも小さな皮袋に入れて、ポケットにしまう。

「あー、でも換金しないでツールにするか。いざという時に使えるように。サファイアとか宝石は、純度が高いのは結構強いアニマを蓄えるし、耐久度も高いからな」
「…なら、ロベルトが付けてくれ」
「いや、お前が付けろよ。この大きさとピアスぐらいにしかなんねーし。俺の耳はもう結構ついてるし場所がねーよ」
「……何かあった時、私の代わりにこれがお前を守るから」
「………だーかーら…グスタフ」

深く、深く溜息を吐きだす。
だからさ、何回言ったら伝わるんだよ。
振りかえり少し後ろのグスタフに腕を回して、引き寄せ口づける。
軽く触れるだけのキスは可愛らしい音を立てた。
反射的に閉じた目を開き距離を取ると、グスタフが目を見開いて俺が凝視している。
こんな所でキスもできないなんて言ったのは前言撤回だ。

「そういう事もう言うなよ。キス以上してやりたくなっちゃうだろ」

どこまでも気真面目に、誠実であろうとするお前に愛おしさを隠しきれずに、今日も俺はたくさんお前にキスをするだろう。
それはこれから先、何年経っても変わらない気がした。
何年経っても、お前と離れられる事が想像できないんだぞ。
責任とれよな。



4月8日 誕生石 パパラチアサファイア 宝石言葉 慈愛・誠実・徳望 
グスロベのサファイアは蓮の蕾が花開く様に



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