本棚4

□最上のネモフィラ
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憂さ晴らしに、犬を殺してやった。
時計も奪ってとっくの昔に無くしてやった。
恋人なんて、もっての外だから愛を囁き籠絡した。
何もかも、全部、あらゆるすべてを奪ってやりたかった。
それはジョジョという人格すら、俺の物にしてしまいたかった。
つまるところ、俺がジョジョに好きだ愛しているというのは、ペットをかわいがるのと一緒だ。
それ以外に意味はないし、それ以上の意味はない。

「ディオ」

だというのに、ジョジョが発する声ときたら。
毛を逆なでされ、産毛がぞわぞわと立ち上がって、怖気を覚えるような声で俺の名前を呼ぶのだ。
あまりにも恐ろしい響きのする声に、俺は返事をするのも嫌になって黙っていると、聞こえなかったと思ったのかジョジョはさっきより大きな声ではっきりと俺を呼んだ。
うるさいと怒鳴ってやりたい気持ちを抑え込む。

「ディオ?」
「…なんだい、ジョジョ」

さすがに二度目を無視することも出来ず、顔を覗き込まれてしまったら難しい。
普通なら一度声をかけて返事がないなら、よっぽど急な用事じゃない限り出直すのが普通じゃないのか。
しかし、最初から俺の普通とジョジョの普通は違うのであてにはならないのだ。
あてにならないとわかっているのに、俺はすぐにジョジョに普通を求めたがる。
貧民の普通と貴族の普通は、それこそ天国と地獄ほどの差があるというのに。
馬鹿じゃないか。

「あっ、ごめんよ。本を読んでいたんだね」
「いいさ。ちょうど区切りがいい所だったんだ」
「そう?ならいいけど、部屋にいないから探したよ」

嫌味で返してやりたいと思ったが、あの喧嘩の後からようやく普通に会話をするところまで関係を修復した。
それから、胸糞悪い言葉を吐きあう関係にもなってやった。
愛していると言い合う相手を家族以外で当てはめるなら、俺とジョジョは間違いなく恋人であった。
互いに疑惑を抱えて、本心なんてこれっぽっちも口にしていないくせに。
それでも、お互いが敵ではないのだと確認するように、俺もジョジョも愛しているというのだ。
密約を確認するために、疑惑を払しょくするために、俺たちは愛を誓う。
何のために、この男に五年も愛を囁いてやったのか。
何のために、足を開いてこの巨躯が吐き出す欲望を受けているのか。
それを些細な感情のために水の泡にするわけにはいかない。
頂点に立つための儀式にしては随分と厄介で、面倒で、酷く疲れることをしているし、遠回りであるようにも思えるがこればかりは仕方ない。
ソファーに座ったまま、ジョジョを見上げる。
カチン、硬質的な音がしたような錯覚。
視線が合う音だ。
瞬間、ジョジョの目がどろりと融けて緩む。
こいつが好んで口にするチョコレートのようだった。
甘ったるいだけで身にもならない、無駄遣いの嗜好品。

「…ディオ」

キスをされると思った。
座ったままジョジョが近づいてくるのをじっと見る。
グリーンの目が俺だけを見ていた。
恐ろしい目だ。
何も見ていないような目なのに、内側まで覗き込んでくるような目をしていて、幕の後ろへと隠れてしまいたくなる。
舞台の上で滑稽に踊っているのが、恥ずかしくなるような感覚。
足元がすくんで、見るなと叫んでしまいたい。
腰を折って顔を寄せるジョジョの襟元へと手を伸ばす。
一瞬、喜色を帯びたのを確認してから、思い切り唇に噛みついてやる。

「ん?!」

歯がぶつかる感触にジョジョが身を引こうとするが、それはネクタイを掴むことで阻止する。
近過ぎてほとんど見えていないが、きっとジョジョは眼を丸くしている事だろう。
少し口の中が切れたようで、血の味がする。
それを塗りつけるように唇を合わせたまま舌を這わせて、逃げようとする口の中へとねじ込む。

「ん、あ…でぃ、お……ま…てッ…!」
「……は……ッ…」

舌を噛まれそうになるけど、お優しい紳士を目指す甘ちゃんのジョジョは決してそんなことはしない。
だからつけ込まれるんだって、どうしてわからないんだろうな。
馬鹿じゃないのか。
ひとしきり胸の中で罵り、舌は丹念に愛撫をして粘膜を摩る。
口の中でなるくちゅくちゅという音が内側から大きな音の様に響いている。

「ん…ふ、なんだい、ジョジョ」
「は……い、た……口、切れたみたい…待ってって言ったじゃないか…!」
「待ってやってるだろ、今」
「そういうことじゃなくて……どうしたのさ、僕、何か嫌な事した?」
「…いや?ただ、無理矢理キスされるってのは、どんな気持ちだったのかと思ってね」
「!……ディオ」

一瞬、さっきとは別の意味で目を丸くさせたジョジョが、瞬時に不快感を隠せない顔で見下ろしてくる。
さきほどまでの柔らかさを纏ったジョジョではなく、茨を身に纏わせたような雰囲気。
俺は胸の内側が軽くなるのを感じて、やっぱりこっちの顔の方がずっと良いと思った。
へらへらにこにこ、間抜けな顔で笑っているよりも、ずっと。
こちらの方がずっといい。

「もしかしたら、あの子も口を切っていたかもな」
「ディオ!!……それ以上言ったら、僕は怒るよ」
「おや、機嫌を損ねてしまったのは僕の方だったみたいだな?用事がないなら、僕は大人しく部屋に戻るとするかな」

立ち上がり読みかけだった本を掴んで、ジョジョに笑いかけてやる。
案の定、奴の怒りを助長したようで、隠しきれないほどジョジョの顔が嫌悪感に染まる。
いい、そっちの顔の方が、俺はずっとお前に好きだと言ってやりたくなる。
何も言わないまま、じっとこちらを見つめるジョジョの視線は、まるで身体を射抜く様だ。
許そうとしなくたっていい。
お前は、俺を許さなくていいんだ。
人を許すなんて最上の贅沢をお前に、させるものか。






最上のネモフィラ






2月21日誕生花:ネモフィラ(花言葉:私はあなたを許す)
許されない事で、ジョナサンを嫌いで居る口実を作るディオちゃんこじらせてる

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