本棚1

□地上という現実から離れた場所で会いましょう
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「もういい、過ぎた事は気にしないでおこう…で?何のためにここに連れてきたんだ?」
「さっきも言いましたが、サプライズデートです」
「ほう、桐敷さんの家ではサプライズデートは拉致から始まるのか。そいつはびっくりだ」
「そういうわけじゃないです。だって、デートしましょう?って言って、先生来てくれないでしょう?」
「当然だ。というか、俺は診療があるんだ!」


二本目の煙草に火をつけながら、辰巳をしっかりと睨みつける。
そうだ、今日はまだ平日だ。
診療はある日だし、確か診察の予定もあったはずだ。
おれはそれを理由に、帰らせる事を要求するが、平然と辰巳の口から出たのはそれを受け入れる言葉ではなかった。


「医院は大丈夫です」
「は?」
「お休みだってメモを残しました」
「か、勝手なことをするな!!」
「大丈夫です」
「大丈夫なもんか!尾崎医院の医者はおれだ!おれがいなくては動かないんだぞ!」
「ちゃんと、溝辺の大学病院から臨時の方をお呼びする手配をしておきました、ぼくの勝手なことなので嘱託手当は僕が出しますから寄付金の勘定科目で処理して使ってください。医院の方にもメモを残しました。あ、先生の筆跡をまねてありますので大丈夫だと思います」
「…は?」
「だから、大丈夫です」


ぺらぺらとしゃべる辰巳の言葉を頭から順に整理していく。
まず、臨時の医師を呼んだらしい。
それならば診療には支障はない。
きっと、尾崎に別の医者を呼ぶのを母さんは嫌がるだろう。
帰ったらくどくどと小言を言われるに違いない。
そして、確かに一瞬その場合の嘱託手当や会計に関することを考えたが、辰巳が本当に寄付金という形で尾崎にいれた金ならば経営にはなんら影響はない。
ただ武藤さんへの説明が少し難儀するか。
そして、筆跡をまねるということがどこまでの再現かはわからないが、それならば確かに心配はない。
連絡がされていれば、うちのスタッフは優秀だ。
俺がいなくても、多少の急患にも対応できるだろう。
医師がいれば医療行為ができない看護師も大丈夫だ。
よくよく考えれば、それは完璧とは言えない手筈で、俺はその穴を指摘してやろうと顔をあげて辰巳を見る。
すると、すこし眉を下げて切羽詰ったような辰巳がいて、一瞬息が詰まる。
なんだよ…そんな、構って欲しい犬みたいや顔しやがって…。
右手で短くなっていた煙草を口元によせて、深く吸う。
肺を通過した煙をため息のように吐き出す。


「…はぁ」
「せんせい?」
「おまえなぁ……なんでもない、いいだろう、お前の努力に免じてやる」
「え、あの…それはどういう…」
「〜ッ、だから、デート…すんだろ…付き合ってやる…」
「ッ!ありがとうございます、せんせい」
「まずは飯だ、ちなみに俺の財布は」
「今日は、全部僕に出させて下さい。」
「当然だよな、今日一日、俺を買ったようなものだからな」
「何故聞いたんですか…」
「社交辞令」
「はは、じゃあ、いきましょうか」


ひょいと、辰巳は短くなった煙草をおれから取り上げると、灰皿へと押しつける。
そして、自然に右手を差し出してくる。
すこしだけためらって、その手を握る。
全く…強引な事をするくせに…そんな、さみしそうな顔するな。
そんな顔するぐらいなら、最後まで押し切ってくれたほうが楽なのに中途半端に強引になりきれないから、つい、甘やかしてしまいたくなる。
立ち上がってその手を放そうとすると、温かい指がおれの指の間に割って入り、手をつなぐ。
所謂、恋人つなぎ。


「…なんだこれは」
「え、だって、デートしてくださるんでしょう?」
「男同士の恋人繋ぎなんて気持ち悪いだろうが馬鹿か」
「誰も見てませんよ?」
「お前は目立つんだよ!!ただでさえでかいし、見た目も派手なんだからそういう事はするな」
「先生は恥ずかしがり屋さんですねぇ」
「帰るぞ」
「すみません、もう意地悪言いませんし、手も離します。さ、行きましょうか?」


あっさりと指がほどかれて、辰巳が歩き出す。
風通しのよくなった手をポケットにつっこみ、その少し斜め後ろを歩く。
右手に残る体温が、実はとても心地よかったとは、言えない。
まるで、そんな、中学生のような恋愛。
青くさくて、甘すぎる、胸やけでもおこしてしまいそうだ。
それぐらい辰巳のまとう雰囲気や言動、視線、全てが甘ったるかった。
しかし、嫌ではないのだ。
…今日一日だけでも、この甘ったるい雰囲気に身を任せてしまうのも、一つの手か。








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