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□ゆるむ涙腺と飴の崩れる融解音
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ホワイトデーは、バレンタインデーにチョコレートなどをもらった男性が、そのお返しとしてキャンディ・マシュマロ・ホワイトチョコレートなどのプレゼントを女性へ贈る日。
日付は3月14日。
この習慣は日本・韓国・台湾・中国の一部など東アジア特有のものであり、欧米ではこういった習慣は見られない
全国飴菓子工業協同組合は1980年からホワイトデーをスタートし、3月14日に定めた理由を2月14日、兵士の自由結婚禁止政策に背いて結婚しようとした男女を救うためにウァレンティヌス司祭は殉教したが。
その1ヶ月後の3月14日、その2人が改めて永遠の愛を誓い合ったと言われていることに由来するとしている。
 


っていうのもあるが、正直由来なんてバレンタインデーと何ら変わりないただのお菓子業界の策略である。
しかし、世間の女の子はこの日に返事を今か今かと甲斐甲斐しく待つそうだ。
つまりどうやってもバレンタインデーもホワイトデーも女の子が主体の行事であることに変わりはない。
俺は関係ない。
そう思いながら、机の引き出しにしまってある包みを見ながらため息をつく。
今日は3月14日、前述のとおりホワイトデーだ。
丁寧に休憩室に雑誌のホワイトデーのページを開いて置いていた看護師達には、ちゃんとお返しをした。
それと、普段世話になってるからとチョコレートではないけれど挨拶にきた人には心ばかりに返した。
あまり尾崎としてはやらない方がいいのだが、尾崎敏夫としては気になるのだ。
野菜が作り過ぎたからや、そういうのとは違って、もらいっぱなしというのは性に合わない。

そして、もう一人。
もらった奴がいる。
どうにも昼間からいくのは癪で、というか、俺からわざわざ出向くというのが癪で、あえていかなかった。
どうせ、俺がいかなくたって来るんだ。
昼間でもなんでも来ればいい。
むしろ昼間にきてくれればそのまま流されて情事にならなくてすむし。

けれど、昼間はいつもどおりだった。
昼休みにでも来るかと身構えていたのだがそれもなかった。
午後も平然と診察が終わり、夕飯を食べて、風呂をすませても、あいつはこなかった。
机のひきだしからもってきた包みは、今は自室の机の上に鎮座している。
空色の包みに、中には飴。
小さなそれはなんとなくで、とくに大した意味はないはずなのに。
なぜだかずっとそわそわしている。
朝からずっと。
持ち帰った書類に目を通していても、どうしても目線がそれにいってしまう。
その合間にちらちらと時計を見ると、それは日付を変わる一時間前になっていた。


「…ばかばかしい」


ぼそりと小さくつぶやいたそれは、思いのほか大きく聞こえた気がした。
ばかばかしい、なんでおれがこんなにやきもきしなければならないんだ。
そもそも、なんであいつにお返しなんて考えたんだ。
あいつはただ、面白いだけなんだろう。
反抗する俺が楽しいだけなんだ。
なのに、おれは一体なにを期待しているんだろうか。
こんな小さな包みひとつに振り回されて、ばかばかしい。
ほんと、ばかだな…。
ぼんやりと眺めていたら、いつのまにか時計は日付を跨ごうとしていた。
包みを手に取り、リボンをとく。
どうせ誰にもやらないんだ、自分で食べてしまおう。


こん


小さな音がした気がして、窓をみる。
それはおれの幻聴かもしれない。
あまりに窓を叩く、その音を期待していたせいか。
ほんとに救えないな。
止まっていた手を再度動かし、リボンをといて袋をあける。
中には数種類の少し大きめの飴玉があって、その中の黄色の飴玉をつまみ、ほおりこむ。
レモンの飴だろうか、酸味があって、少し唇をかむように、耐える。
ほんとうは、落胆に耐えているのかもしれないが、酸味ではなく。
すると、今度ははっきりと窓をたたくおとがして、慌てて振り向く。
そして。


「せんせい」


思わず、包みを持ったまま窓により、カーテンをあける。
蛍光灯に照らされて、笑う、辰巳がいた。
瞬間、ひどく、緩んでしまうのがわかり慌てて窓に背を向ける。
ガラスごしに辰巳が話す。


「せんせい、あけてくれませんか?」
「…あけねぇよ」
「お返し、ちゃんと3倍返しですよ。市販の高いのと、僕の手作りと、お酒です」
「……食べ物につられねぇぞ」
「そんなつもりないですよ、…せんせい?」
「…うるさい」
「せんせい、遅くなってしまったの、怒ってるんですか?」
「ちがうっ!」


思わずかっとなり窓を向いて怒鳴る。
そして、すぐに冷静になり、顔が熱くなる。
こんなムキになっては、そうだと言ってるようなものだ。
うつむくと、また、こんこんと、ガラスをたたく音がする。


「せんせい、お願いです。開けて下さい」
「……」
「今、凄く先生を抱きしめたいんです。だから、せんせい」
「………」


おずおずと、自分でもわかるぐらい、震える指で鍵をあける。
すると自分で開けるよりも先に辰巳が窓をあけて、ぐいと引き寄せられる。
身を乗り出すような姿勢になり、窓枠に手をついて体を支える。
暖かな腕が、確かに今、俺の体に触れている。
それを意識したとたんに、目元から力がゆるんで視界がぼやける。
いい大人になって、会えただけで、泣きだすなんて。


「先生、先生、せんせい」
「……ッ」
「すみませんでした、実は朝からずっと会いたくて、でもお邪魔になってしまうと思ったらなかなかいけなくて。
なにか特別な物を作って持っていこうと思ったら、思いのほか時間がかかって、その、…こんな時間に…」
「…バカ野郎、こんな時間にきやがって…」
「すみません…あれ、先生、それは?」


ふぃと辰巳が手にもったままの包みをおれの手から受け取る。
空色の、おれが用意した、お返しのつもりだったそれ。
なんと言ってよいかわからずに口ごもると、それだけで察したような辰巳は嬉しそうに目じりをさげてほほ笑んだ。
あぁ、恥ずかしい。
こんな、ままごとのような、気恥ずかしさ。


「ぼくに用意してくださったんですね…嬉しい…」
「でもおれがもうあけたんだ、やらねぇよ」
「おすそわけで十分です、ね…レモンのそれ、一口ください」
「…仕方ねぇな、一口だけだぞ」
「ふふ、一口だけですね」


まじかに迫る顔に目を細めて、ギリギリまで辰巳の顔を見つめる。
あぁ、そうか。
そら色はお前の変な髪の色で、黄色はお前の眼の色か。
最初から、お前しか考えてなかったんだな。
薄く口を開いて、眼を閉じる。
息が奪われるようなキスをする。







□ゆるむ涙腺と飴の崩れる融解音□



(先生、ご存知ですか?)
(ホワイトデーに飴を送るのは、僕もあなたが好きです、という意味があるそうですよ)
(…知るか、そんなの)










END
間に合った!
珍しい!!
現在、字書きのくせに日本語拙いので励まし支援ができないと感じたので
萌え支援をしようと思います。
2010/3/14





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