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□永遠が目指す終焉への逃亡
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あにめ最後辺りの捏造。
色々捏造。
Sのメモより。







目の前の若先生は、僕が最後に見た時よりも血に塗れて随分と凄惨な姿になっている。
しかも、白衣に血まみれって。
どこかのホラー映画にでも出てきそうな出で立ちだ。
走ってきたので肩で息してるし、顔色も悪い。
手に杭とのみを持ってるので、余計に殺人鬼のようだ。
僕にはそれすらも、綺麗に見えるのだから、大分この先生がお気に入りのようだ。
しかし、おかしいな。
絶対に上手くまいたと思ったのに、この先生は本当に頭が良い。
対応と頭の回転の早さは医者に向いている。
けど、一人で抱え込んでしまうのは、弱点。
せめて、何人か連れてくればいいのに、一人で追いかけてくるなんて。
頭はいいけど、そういう所の爪が甘いんだから。
僕は、そういう脆い所が心配なのに。

「やっぱりな…お前にしてはやり方があっさりしてると思ったんだ」
「や!どうも若先生」
「もう1人、娘の屍鬼がいるだろ?お前はその囮か?」
「御明答、流石尾崎の先生ですね!」
「…いつまでふざけているつもりだ?」

そう問いかける若先生は、ギラギラとした猛獣の目をしていた。
彼は、村の人間の中でもまともに正気を保っている人間だと思ったが…終わりが見えてボロが出始めているようだ。
村の人間のように正気を捨ててしまえば、きっと楽だと思うのに。
けれど、実のところ一番最初に正気を失っていたのも、きっと若先生なんだろう。
人の形をしたものを隣人の姿をしたものを手にかけるという決断をした時点で。
そうこうしているうちに先生が一歩踏み出す。
その足はきっと鉛のように重いに違いない。
いくら村に回診にまわっていると言っても、僕とでは身体能力に違いがあり過ぎる。
30歳に足を突っ込んでいる先生には、山道を駆け上がるのは相当な運動になるだろう。
しかも、煙草を吸っては消して、消しては付けてで、ヘビースモーカーらしいし。
医者の不養生とはこの事だな。
だから、こういう大事な時に身体が言う事を聞かないんですよ。
また一歩踏み出す先生は、真っ赤な目をしている。
寝れていないのだろう、充血して、ウサギのようだ。
それとも、返り血を浴び過ぎて目も赤くなってしまったんだろうか。
なんて、ありもしない事を考えるぐらい冷静な僕は、一歩、一歩と近づいてくる先生を見て眉間に皺を寄せる。

「…先生、もうやめましょう」
「…」

きっと先生は今、気力だけで動いているんだろう。
途切れそうな正気を繋いで、ただ、屍鬼を狩るという、それだけを原動力に。
まるで、蜘蛛の糸のようなものなのに。
先生という存在は、本当は脆いただの人間なのに。
一人に縋ってしまっては、か細い糸は切れてしまうだろう。
しかし、先生は縋られる事を選び、切れない糸となる決意をしたのだ。
それも…やはり限界だろう。

「……先生は、とても綺麗ですね」
「はっ……何を言いだすかと思えば……眼科でも紹介してやろうか?」
「先生が見てくれるなら喜んで」
「そのまま首と胴体別々にしてやるから楽しみにしとけ」
「ははっ、……先生、真面目な話しです。僕は、先生の生きようとするその姿が、美しいと思うんです」

沙子と同じように、ただ、生きようと、何を犠牲にしても生きようとあがく姿が、美しく…いとおしい。
そして、僕にとっては、人として死ぬ以前の感情である、僕が、先生が好きで、愛しているという事実。
だからこそ、先生を殺すことは躊躇われた。
きっと、先生は起き上がっても僕達の敵になるだろうし、最後の一人になってもきっと自分から死のうとするんだろうと思う。
それは嫌なんです。
できれば、先生の最後にいるのは僕でいたいんです。
それは、独りよがりの我儘な事だとわかっていても、僕は、先生に人間として死んで欲しいと思うんです。

「お前にとっては、虫けらが足掻いているようにしか見えないんだろうけどな」
「……ねぇ、先生」
「もういいだろう。お前と話す事なんかないんだ…ッ!」

僕は腕を伸ばして、肩を掴み、思い切り、抱き寄せた。
鋭く尖った杭が少しばかり身体にめり込んだけれど、それは気にならない。
僕よりも身長も体躯も僅かに小さい先生は、僕の腕にすっぽりとおさまってしまった。
腕を回して余ってしまいそうな身体は、きっとやせ細ってしまっているのだろう。
そうしてしまった原因が僕であると思うと、嬉しい半面、身体を壊してしまうか心配で仕方ない。
頬に当たる髪の毛の先すら、こんなに大切だと思う。
腕の中で身体を固くした先生は、きっと瞬間的に吸血されると思ったんだろう。
けど、僕は、ただ、先生を抱きしめた。
少しでも僕の気持が伝わればいいのにと、言葉にすらしていないのに、浅ましくもそう考えて、でも、目の前の存在に愛しさが隠せなくて、ただ、先生を抱きしめた。
遠くで木材や生木が燃える匂いがする。
しかし、それよりもずっと強く感じるのは、煙草と消毒液の匂い。
このまま、この小さな世界が閉じてしまえばいいのに。
外場村という閉じられた村のさらに小さな、僕と先生、二人だけの世界。

「先生…」
「…なんだ…血…吸わないのか…」
「逃げましょう?僕達と一緒に。村はもう限界です。山入りに火が付きました。あの場所では容易に山火事は防げません。それに、火が上がれば外から人が来る。死体は至る所に積み上がって、家のどこも血塗れです。そんな様子を見て、何もないとは思えない。火事で死んだにしても、杭を打たれている傷は消せません。確実に、先生は犯罪者になります。そんな事になってしまうのなら、先生。僕と一緒に逃げましょう?」

僕は、精一杯先生を諭すように、先生に問いかける。
きっと、先生の事だから村の罪を自分一人で背負う。
死んでしまった屍鬼の身体には、それが人ならざる者であった事実は残らない。
元の死体に戻っただけだからだ。
屍鬼がいたという事は立証できない。
そうなれば、きっと先生は自分の身を犠牲にして、村人を守ろうとするのだろう。
彼は、村の医者という立場以上に、この村を考えていたのだろう。
だから、僕はここで先生を引きとめなくてはいけない。

「お願いです、先生…」
「……寝言は、寝てから言え。例え、そうであろうと、俺は、お前達と同じもんになる気はない!」

僕を強く押し返す先生の腕はよく見れば、僕に刺さった杭から伝う血に塗れていた。
杭が刺さったのは鳩尾のすこし左、心臓に近い場所。
打ちつけられたわけじゃないので少し傷がついただけで、先端の尖った部分が食い込んだそれだけ。
深さで言えば、5cm刺さった程度。
けれど、痛い。
これは、身体が痛いのだろうか。
それとももっと別の場所が軋んでいるのだろうか。
心なんて、当の昔に無くしたと思っていたのに、まさかそんな場所が痛んでいるのだろうか。
そんな事、あるはずないのに。
僕は、暴れる先生の身体を押さえつけるように引きよせて、晒されている首筋にキスをした。
触れるだけの、押しつけるだけの、一方的な口付け。
それは、先生にとっては一瞬だけど、僕にとっては、永遠の始まり。
唇を離して、小さくつぶやいた。

「残念です…」

僕は、先生と逃げたいと思っているんです。
それに嘘、偽りはありません。
けど僕は、沙子の使用人として役目をやめる気は、ないんです。
沙子の元を離れるという、僕が逃げる選択肢はないんです。
大きく口を開けて、僕は先生の首に歯をたてた。
歯が皮膚を突き破り、筋肉を押し分けて、血管を突き破る感触。懸命に抵抗する先生の腕が、徐々に弱弱しくなっていく。
ごめんなさい、人間として殺してあげられなくてごめんなさい。
先生、起き上がったら。
今度は一緒に逃げてあげますから。







永遠が目指す終焉への逃亡









END
なんで、こんなに救われないんでしょうね。
辰敏というよりも辰⇒敏




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