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□ユダの福音書
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「こんな所に礼拝堂か」

広大なジョースター家の片隅にある林の中に、その礼拝堂はあった。
古ぼけ、色褪せ、忘れ去られたそれは鍵はかかってなかったようで簡単に開く。

「ディオ、勝手に入るのはまずいんじゃ…」

後ろからようやく追い付いたジョジョの声がかかる。

「なんだ、怖いのか?ジョジョ」
「そういうわけじゃないけど…長く使われてないとはいえ、ミサの日でもないのに…」
「別に構わないだろう。僕は、神様なんか信じちゃあいないんだから」

ジョジョの制止などかまわず、ドアを開け中へ足を踏み入れる。
予想通り、小さなそこはホコリが厚く積もっていた。
けれど、ステンドグラスは綺麗なままで、石像もホコリはかぶっていても破損はないようだ。

「わ…こんな場所があったんだね」

どうやら入ってくるのを決意したらしいジョジョの声がまた後ろからかかる。
間抜けにくしゃみをしたのを聞いて、ほんの少し腹がたった。
ホコリ臭い部屋なんて、きっとこいつは知らないんだ、一生。

「君も知らなかったのかい?」
「うん、あまり林の中までは行かなかったから」

ステンドグラスからの光を受ける石像の前に向かえば、後ろの足音もそれにならった。
本当に、じわじわと忘れられたようで、中は荒れてなく、聖書も置いたままだ。
じっと、マリア像を見つめれば、なんとなく母を思い出した。
しかし、ノスタルジックな感情はすぐに意図的に殺した。
感傷は邪魔だ。
思考を停滞させる。

「綺麗だ…」

ぽそり、つぶやいた声は思わずといった風で、自分ではないからそれを口にしたのはジョジョだ。
振り替えれば、呆然とこちらを見てくるジョジョのこれまた間抜けな顔がある。
かちり、鍵が開くように目があうと、ジョジョの丸い目が細められる。

「ステンドグラスに照らされて…君は、まるで天使みたいだよ…ディオ」
「なんだ?僕に見惚れたのかい?だがなぁ、ジョジョ。そういうのは女に言ってやるもんだぜ」
「いや、僕はきっと君にしかこんな感情を抱かないよ。一生」

大げさな、力強い断言に、怯んだ。
どうしてこいつは、こんな簡単にそういう事を口にするのか、理解に苦しむ。
だが、お前の一生を俺が支配してもいいと言われていると思えば気分がよかった。

「ジョジョ、神様の前でそんな事言ったらいけないじゃないか?一生だなんて、軽々しく」

軽々しいのはどちらだろう。
神様なんか信じちゃいないと言ったくせに、その口で神様を引き合いに出すのは、矛盾だ。
愚かなのは、その矛盾に気付かずにわからないといった風に首を傾げるジョジョの方だが。

「偽りはないよ?」
「…ふん、そうか」

ようやく隣までやってきたジョジョが、真っ直ぐにこちらを見据えてきて、居心地が途端に悪くなった。
この愚直なまでな真っ直ぐさは、気持ちが悪くて仕方ない。
心臓をカリカリと爪で引っ掛かれているようなむず痒さ。

「ねぇ、ディオ…誓い…しない?」
「…なんだって?」

間抜けだ、ばかだとは思っていたが、ここまでジョジョがばかだとは思わなかった。
この期に及んでなにを言いだすんだこの大間抜けは。

「君となら、僕は、永遠を信じられると思うんだ」

永遠なんて、下らない。
人はいつか必ず死ぬんだ。
いったい、なんの永遠を信じるっていうんだ。

「下らないお遊びにつき合わされるのは勘弁してくれ」
「遊びのつもりなんかじゃないんだけどな…本当だよ」

無下にされたのに腹を立てたのか、ジョジョが噛み付く。

「……なら、言ってみろ」
「え?」
「誓いだよ。自分で言い出したってことは、もちろん空で言えるんだろうなぁ、ジョジョぉ」

俺の予想もしてなかった問いかけに、ジョジョが視線を泳がせる。
お世辞にも秀才とは言い難いジョジョが、短いとはいえ牧師の誓いを覚えているとは思えない。
ほら、さっさとやっぱり止めようといつもの間抜け面で言ってしまえ。

「神と…」

ところが、ジョジョはなんと誓いを口にし始めた。
嗚呼、やっぱりこいつは、俺の思い通りにはなってくれないのだ。

「神と証人の目の前で、新郎は新婦をめとり。今日から将来に向けて、良き時も、悪しき時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、生命ある限り、あなただけを愛することを、…誓いますか?」

真っ直ぐに、これまた、ばか正直にこちらを見つめてくるジョジョに、まるで金縛りにでもあったように動けなくなった。
このディオが、こんな事で。
一つ、息を吸ったジョジョが、ゆっくりとまた唇を開く。

「…はい。何時、如何なる時も、新婦を愛することを、誓います」

ステンドグラスの淡い光に照らされたジョジョの顔は、限りなく穏やかで、俺に対する疑惑や疑念などなにもなかった。
それに、思わずつられて口に出しそうになった言葉は、吹き出すことで飲み込んだ。

「ふはははっ!完璧じゃないかぁジョジョ!これでいつでも結婚式があげられるな?」

早口にまくし立て、軽くジョジョの肩を叩きステンドグラスに背を向ける。
一刻も早く、この場からいなくなりたかった。
反吐が出る。

「えっ、ちょっと…!どこに行くんだい?」
「帰るよ。もう興味はない。あぁ、君はまだいるといい。考古学にふけるにはもってこいだろう、じゃあな、ジョジョ」

巻きあがったホコリに汚れるのを構うことなく足早に通路を抜け、外に出る。
後ろ手に閉めた扉は勢いよく閉めたせいか軋んだ。

「……つられただけだ、決して」

そう、口について出ようとした誓いの続きは、決して本心なんかじゃない。
ただほんのすこし、ジョジョにつられただけ。
僕は、お前を永遠に愛してなど、絶対にしてやらないのだから。




・ユダの福音書





神様なんか殺してしまえ。





荒木御大すごい



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