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□天国、地獄、大地獄
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天国の反対語が地獄であるのは、それは周知の事実と言う物。
いつ頃からそんな風に言われたのかは昔過ぎて覚えていないけれど、神様が出来た頃から確実に地獄はあったし、地獄が出来た頃から天国はあった。
なんたって、正義の味方でいるためには、悪役を作らなければ効果がないからだ。




◆天国、地獄、大地獄◆




いつも通りに朝まで可愛い女の子を腕に抱いて、いつも通りに起床して、桃タロー君に怒られて。
そうやっていつもと何の変わりもしない朝を迎えて、空を見れば見事な快晴。
これは絶対にいい事がある、例えば可愛い女の子とお知り合いになれるとか、可愛い女の子と一晩天国イけちゃうとか。
あぁ天国ここだった。
ともかく、何かきっといい日になるだろうという予感がした。
そう思って改めて店先に出ていい空気を吸おうと玄関を開けた、瞬間吐いた。
それはもう盛大に血を吐いた。
なんたって、幸いとか幸せとは真反対にいるような奴が、扉を開けた瞬間立っていたから。

「うぇ…最悪…本当に最悪だ…いや、災厄の間違いだった」
「出会い頭にいい度胸だな偶蹄目」
「だから反芻しねぇって言ってんだろうが!」

売り言葉に買い言葉、いつも通りの応酬を一通りこなしてから深く深く、それこそ呪詛にならないかと思うほど溜息をつく。
吉兆の証に呪詛吐かせる程の存在と僕が一方的に、いや残念ながらお互いに思っているのは地獄の閻魔大王の第一補佐官の鬼灯。
狐と鬼灯の組み合わせはあんなに色っぽいのに、妲己のような美人な鬼ならまだしも鬼灯の名前を冠するのは男。
しかも無駄にでかくて、力でものを言わせるサディスト。
文字通りの鬼畜。
いや、あいつのサディズムは性欲に繋がってないからサディストというには語弊がある。
ようするに、僕から言わせれば横暴で気にいらない奴なのだ、鬼灯と言う鬼は。

「つべこべ言わずに作りやがれ」
「最近の某五人組アイドルの番組みたいに言うな」
「おや、白豚さんご存じなんですか。自分が一番カッコいいみたいに思っているから他のイケメンには興味がないのかと思ってました」
「白豚って言うのも、僕を重度のナルシストに仕立て上げるのも止めろ!」
「まぁまぁ、鬼灯様もそこらへんにしてあげてください」

見かねた桃タロー君がまるでお母さんの様に仲裁してくれて、最近間違えてお母さんと呼んでしまいそうになる。
よく気がきく部下に育ったのも僕の反面教師の賜物だよね。
とりあえず忌々しい鬼の相手は桃タロー君や兎の彼らの任せるとして、さっさとご用命の物を作ってしまおうと思う。
そうしてさっさとお帰り頂こうと思う。
今日という日をいい日にするためには、そうやって真面目に仕事をこなしてちょっと休憩で女の子を触るぐらいがちょうどいい。
さっさと厄払いは済ませるに限る。
渡されたメモを見れば、簡単な風邪薬と少し厄介な抗生剤の名前が書かれている。
風邪薬はストックがあるけれど、抗生剤の方は一から作らなければいけないから面倒だな。

「なあ鬼灯。こっちの抗生剤なんだけど面倒だから後で桃タロー君に届けさせるけど」
「いえ、すぐに頂けると助かります」
「えー大至急じゃなきゃだめー?うわあぉっ!」

片足あげて、手も顎の下につけてきゃるんって効果音がつくように振り向いたらその振り向きざまを狙って、金棒を突きつけられた。
真っ直ぐに。
所謂、突きの状態で。
顔がつぶれたらどうするつもりなんだこの暴力官僚。

「可愛い子ぶっても無駄だぞお前の秘密を知っているからな」
「僕、隠し事はしない主義なんだよねー」
「ほう…じゃあ、貴方が行った法に触れない行いをあることない事でっち上げて、法に触れる様にして差し上げましょうか」
「職権乱用だぞこんちくしょう!あー、もうわかったよ。時間はかかるんだからね」
「十分以内でお願いします」
「馬鹿野郎、無茶言うなよ…抽出があるから抗生剤が時間かかるんだって」
「チッ、わかりました。とりあえず待たせては頂きます」

そう言って椅子に腰かけてさっそく近くにいた兎を抱きかかえると無心になって撫で始めた。
本当にこいつ動物好きだな。
確か第二のムツゴロウさんに俺はなる的な事を言っていたような気がするけど、それは一体何百年前だったか。
いや、何百年前だったらまだムツゴロウさん生まれてないから最近だった。
そこまで記憶を遡って、ふるりと頭を振って記憶を追い払う。
そんな悠長に観察をしていられないので、さっさと作ってさっさとお帰り頂こう、一刻も早くそうして頂くに限る。
一番最初に抽出を初めておけば時間の短縮にもなるだろうが、それでも抽出作業は時間がかかる。
せめて十五分ぐらいで終わらせられれば文句もそんなに言われないだろう。
集中して薬棚から材料を取り出して、調合を始めた。
と、集中してしまえば僕は仕事が早い方なので調合は10分で終わってしまった。

「あれ、もう終わったんですか?」
「調合はね」
「普段もそれぐらいのスピードで作ってくれればいいのに…」
「作っているじゃない」
「女の人の時の話をしているんですよ。白澤さん、女の子の時はひたすら喋りながらで五分で終わるのを三十分もかけるじゃないですか」
「だって可愛い子とはお近づきになりたいじゃない?」
「常識とか真面目とか勤勉を求めた俺が間違いでした」

ぐつぐつ、ごとごとと煮たってきた鍋の火を緩める。
覗きこんでみれば順調、だけど最低でも十分かかるのは明白。
これはばかりは仕方ない。
薬も過ぎれば毒になるように、配合を間違えただけでも毒になりうるのだ。
天国の者も地獄の者も簡単には死なないけれど、信用に関わる。
恐らく今も無心になって兎をもふもふしているであろう鬼灯に、一応は経過でもしてやろうと腰を上げる。

「おぉい鬼灯。あと十分だけ待ってくれ」

椅子に腰かけて背を向けている鬼灯に向かって声をかける。
大きな体躯は微動だにせず、返事もない。
てっきり十分以上もかかったから文句の一つでも言わるんじゃないかと思った僕は、拍子抜けてしまった。
いや、これももしかしたら鬼灯の手の上かもしれない、というか結構大きな声で声をかけてやったのに無視って時点でよく考えたらおかしいよね。

「おい、鬼灯。人がせっかく声かけてやってんだから…あれ?」

わざと足音を立てて鬼灯の方へ向かい、喧嘩売る気満々で顔を覗きこんだら、ようやく返事のない理由に気がついた。
普段、蛇の様に逃げられそうもない鋭い眼光は瞼の下へとしまわれていて、開けば罵倒と冷徹で理不尽な言葉しか紡がない口は、穏やかな呼吸が漏れている。

「うわー…寝てやがる…」

こっちがお前の要望叶えるために必死に調合しているっていうのに、官吏様はそうですかお昼寝ですか。
ぐっすりと眠り込む鬼灯は、僕が睨みつけても起きる様子もなく、よくよく見れば膝の上の兎も眠っている。
君は一応勤務中のはずなんだけどと兎に対して思いながら、深々と溜息をつく。
悪戯は仕返しに何をされるかわからないから止めよう。
それに、鬼灯の目の下に深く刻まれた隈を見つけてしまっては気が引けた。
いつも目つきがキツイから気がつかなかったけれど、その隈は色が濃くて、まともに寝ていないのは一目瞭然だ。
人は、必ず死んでしまう。
生まれた時から妖怪である僕からすれば、その死ぬと言う概念は理解はしていても実感はない。
それでも、必ず人は死んで天国ないし、地獄へとやってくる。
休むことなく、毎日。
どこかで必ず死が訪れる。
それを考えれば、基本的には年中無休の休みなしだ。
お盆は休みだというけれど、交代制の勤務だから完全停止というわけではないだろうし、こいつは休みもせずに休日返上して現世に行っている。
死なない身体ではあっても、疲れないわけじゃないんだ。

「まぁ、どうせ時間かかるしね。放っておいた方が、僕に害もないし」

誰に言い訳するわけじゃないけれどそう言って、鬼灯はそのまま寝かせておくことにした。
こいつ寝起き悪そうだから、起こすのは桃タロー君にお願いしよう。
僕がしたらそのまま眼球に向かって真っ直ぐ爪を立てられかねないし。
鍋の様子を見ると、まだ抽出は終わりそうもなくて、鬼灯がいるのに静かな空間は珍しいから、もうしばらくこのままでもいいかなとぼんやりと思った。
ただし、その後起きた鬼灯に理不尽に脛を蹴られたのは絶対に許さないからな。
絶対にだ。






和泉様
カプ指定されていなかったのでとにかくほのぼのを目指したんですが
ほのぼのしているでしょうか
わかりません
白澤さんと鬼灯様は、年子の兄弟のような仲の悪さであったらほほえましいと思いました
リクエストありがとうございました!


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