本棚1

□ごーるでんすらんばー
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揺らめくそれは、陽炎ではなくてもっと立体的で、実体があった。
ゆら、ゆらゆら。
そうやってふらふら身体を揺らすのは、菓子を食べてご機嫌な佐藤か平介だと相場は決まっている。

「今日もいい天気だなー」

ふわふわ、ゆらゆら。
そうやって間延びした声を漏らしたのは、案の定ポッキーを糧に活動している平介だった。
そもそも、日直で佐藤がいなくて、自分が何も言っていないのなら必然的に平介しかないのだけど。
屋上は相変わらずで、時折吹く春一番が煩わしく感じるぐらいの、至って穏やかな雰囲気だった。
穏やかではあるのだけど、ここでものを食べるのは正直砂埃が気になる。

「けどなぁ、こんなに風が強いなら外より中のがいいんじゃねぇか」
「まぁ、これぐらいは許容範囲でしょ」
「許容範囲なんて難しい言葉使えたのか、お前」

半分冗談、本文本気でそう返せば、酷いと憤慨した返事が帰ってくるのだが、声の調子がとてもじゃないが言葉と一致していない。
たいして気にしていないだろうことはわかっているので、自手を伸ばして菓子の箱から奪い取る。
チョコレートのかかった菓子を数本、そうしてやるとようやく視線がこちらへと向く。
いつまで空眺めてアホ面晒しているんだ。
少しぐらいこっちを見て話せ。

「あー…」

バリバリと噛み砕いて咀嚼すれば、非難めいた視線が向けられる。
菓子に関係する時だけは、そうやって言動が一致するのだから、この男は高校生にもなってお菓子をあげるから一緒に行こうという誘拐の城東区にすら騙されてしまうのではないかと思ってしまう。
さすがにそんな事はないと思うのだけど、現に一度落とし穴に引っかかっている様な奴だから困る。
俺ばっかりいつだってお前を探し回っている気がする。
きっと、お前がそうやって誘拐されちまっても仕方ないから探してやる自分がいるんだと思うと、またどうしようもなく自分に対して呆れてしまう。

「腹立たしい」
「へ?」
「…なんでもねぇ。ただ、お前と二人きりという状況が腹立たしくてな」

本当は、腹出しいのは自分の思考の方なのだけど、決して口には出さない。
出した所で平介はその内容まで言及してこないだろうとわかっているけれど、わざわざ自分の首を絞めるつもりはない。

「まあまあ、お菓子でも食べなさいよ」

佐藤もそろそろきますから、と言う平介の頭をひっぱたいてやりたい衝動に駆られたがやめた。
単刀直入に言えば、俺と平介は世間一般でいうところのお付き合いをしているわけではなかったのか。
確かにこいつに好きだの愛しているだの言われた事はないし、言われる事は決して想像できないあり得ない事態だとは思うのだけど。
お前はおれと友人でなくなる関係を承諾したのではなかったのか。
最近では訪れない二人きりを少しぐらいは、春めいた空気のように穏やかに過ごしたいのに、どうにも苛立つ。

「それとも鈴木くんや、それは」

ピキリ。
青筋がたって、血管が切れたような音がした気がした。

「俺が嫌いだからかい」

ビキリ、また、血管が軋んだ音をたてる。
臨界点を突破すると冷めた気分になるのだけど、どうやら今日の怒りは沸騰するタイプのようだ、と他人事のように考えながらも俺は、平介の言葉が腹立たしくて仕方ない。
嫌いだって、よりにもよってお前が言うのか、その言葉を、その質問を。
ポッキーを呑気に咥えた平介も拍車をかけて腹立たしくて。

「平介」
「な、にッ…」

力任せに平介の首元を掴んで、引き寄せれば、珍しく驚いた顔が少し上にある。
ちくしょう、まともな飯を食っていないくせにどうしてこんなに縦にひょろひょろ伸びているんだ、それも腹がたつ。
平介の口元に咥えられた菓子を奪う。
恐らく、首元に伸ばした手でそのまま、口に咥えられたそれを奪ってしまえばよかったんだ。
けど、反射的に服を掴んでしまったせいで手元が塞がったので、俺はその菓子を食べきることで奪うことにした。
ガリガリ乱暴に反対から咀嚼して、そのまま咥えられた唇に齧りつく。
チョコレートの甘さも手伝って、ざりざりと舌の上で欠片が転がることだけが、煩わしい。
唇にうっすらと付着していたチョコレートも舐め取って、奪う。

「…っ、あの…すずきさん…?」

怯えたようにこちらを見る平介に、ざまあみろと思う。
少しは振り回される方の気持ちも知ってみろ。
恐らく、確実に、その真意は平介には1ミリも伝わらないだろうけど。
掴んだ時と同じように乱暴に首元から手を離して、まだ残っている箱の中の菓子に手を伸ばす。
しばらく俺の様子を見守った平介が、ようやく合点がいったという風に口を開いたが、それは見当はずれにも程があった。

「……あ、お腹すいてたの?」

あまりにも。
あまりにも、見当はずれも甚だしい平介の言葉に、怒りを通り越して呆れる。

「死んでしまえ」
「あれ、違うの?」

意味がわからない。
どこの世界に腹減ってるからって食べかけのもの奪ってあまつさえキスする奴がいるか。
1ミリも伝わってない所の話じゃなかった。

「はぁー…」

返事よりも先に溜息が洩れる。
一度しぼんだ怒りは、しばらくは膨らみそうもないぐらいにぺらぺらになって、腹のそこで燻ぶっている。
結局、振り回されるのは俺だけだ。
ゆっくりと視界を青へと移して、背中を固い灰色のコンクリートに預ける。
お世辞にも雨風に晒されて変色したコンクリートは綺麗ではないし、まして柔らかくもない。
けれど、平介がいるから別段どこであっても構わない。
場所にはあまり意味がない。
平介がいることが重要なのだと、自分の性格では似合わない様な事を考えて、俺は平介を特別扱いする。
その特別扱いというのも、手がかかって面倒くさくて俺の苛立ちの原因を作る問題児という意味の特別ではなくて、もっと別枠の特別な位置にあいつは置かれている。
そんなおかしなことになってしまったのはいつからだったか。
屋上でさぼっているのを探しに行った時か、それとも一緒に流星群を眺めたあの時か。
嗚呼、そういえば。
お前との記憶にはほとんどが屋上だな。

「平介」

名前を呼ぶ。
声からはもうすっかり怒気が抜けていて、世間話のトーンにまで落ち着いていた。

「なに、鈴木」

こちらも見事に平常通り。
いつも通りの光景、けれど、このいつも通りの光景が、どうしてか。
変わらない日常の延長線上で、いつまでたっても変わらないのではないかと思うほどに。
青空を背景に背負って菓子を食べる平介は、最初に見つけたあの時と同じように思えた。
まどろむ様な、誰の曲だか忘れたけど黄金のまどろみってあったな、あれは洋楽だったけど誰が歌っていたのだろう。
夢うつつにも思えて、だから、俺はお前が好きなんだなとぼんやり考えた。
お前の夢なんだ。
ふらふら、ひらひら、蝶のように一所に落ち着かない、掴みどころのないお前が、ずっと見続ける長い夢。
俺はその登場人物で、そうでもなければお前が俺を好きな理由がわからない。
お前を好きな理由が見当たらない。
そうやって、溶けた思考で全てをお前のせいにして眠ってしまおうとする俺は、存外性格が悪いのだ。

「ねるの?」
「寝る、佐藤がきたら起こせ」
「えぇー…」

露骨にめんどくさそうな顔をした平介の腕を引き、体勢を崩させる。
小さな赤いパッケージの箱がコンクリートの上に落ちる音が耳に届いたけれど、それだけだから菓子にしか執着しないこの男は中身は守ったんだろう。

「なら、一緒に寝ろ」
「……まあ、それもありかもね」
「または俺の枕になれ」
「えー。やだよ、鈴木寝返りうつからくすぐったいんだもん」

寝返りうたないのかお前、と口に出しかけてそういえば微動だにしない寝ぞうのよさを思い出す。
死んだように眠るから、たまに呼吸を確認してしまうのは平介には言えないが。
もぞもぞと動いて横たわる平介を眺めていると、また背景の青が目につく。
痛いぐらいの青空と、色素の薄い髪のはっきりとしたコントラスト。
こんな日々の繰り返しでも、悪くない気がした。



◆ごーるでんすらんばー◆

(嗚呼、ほだされてる)







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