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□機械音痴と蟲籠の閑話休題
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ぴぴぴっぴぴぴっぴ

「はい、間桐です」

初期設定のまま変えていない着信音に電話の音なので急いでポケットから取り出し通話のボタンを押す。
そうして出れば、その相手は上からの確認の電話。
すぐに戻ろうかと聞いたが、電話の口頭確認で済むと言うからそのままにいくつかの事項を確認する。
ほどなく通話が終わったのでボタンを再び押して、ぱたんと小さな音をたてて折りたたみそれを机の上に置く。
すると、視線の先のソファーに座っていた時臣が驚きの表情でこちらを見ていた。


◆機械音痴と虫籠の閑話休題◆


「雁夜」
「なんだよ、あぁ悪かったよ…断りもせずに電話にでてどうもすみませんでした」

問い詰めるような口調に小言を言われる前にと一息に謝る。
どんな時でも優雅たれを家訓にしているような時臣は、礼節に関しては心底煩いのは昔から。
口調だけじゃなくてそれはもちろん、服装やそういう所にまで文句は来る。
ずいぶんとそういう所に反抗して、最近はほとんど諦めるような形で言われなくなった。
けど、久しぶりに遠坂に顔を出して時臣に見つかる前に退散しようと思ったのに見つかって。
久しぶりに話でもしていかないかつもり話もあるだろうと、葵さんの前で言われては断れなかった。
それをわかって言ってるんだから本当に心底性格が悪いと俺は思っている。

「いや、まずそれは電話なのか」
「は…?」
「通話というものがこんなに小さなもので出来るのか…君はもう魔道から身を引いたと思ったが、見なおしたよ」
「いや、ちょっと待て…これは別にそういうものじゃなくてな」

勝手に納得しかけている時臣を慌てて制止する。
俺はもうそういうものに関わる気はないんだ、それを勘違いされてしまっては困る。

「これはそういうもんじゃないし、おれは戻る気もない」
「ならば、それは一体どういう原理で」
「電波を使ってる機械で…あぁ、そうか。本当にお前はこういうもんに疎いな時臣」

そこでやっと時臣が機械に弱い事を思い出す。
機械で済むことをこいつは魔術でやる、だからこそとは思うけど顎髭のおっさんが電気に弱くても可愛くもなんともない。
テレビの配線出来なくてが許されるのは女性だけだ、と言ってもきっと時臣は通じないし、説明を求められる気がするから黙る。
機械、とつぶやいた時臣が興味深そうに机の上の小さな四角に視線を注ぐ。
少し藍色のシンプルなそれを手にとり、面白半分で時臣に差し出す。

「見てみればいいだろ、説明するより早い」
「なるほど、君の言う事も一理ある」

俺の手から受け取った時臣はしげしげとその四角の精密機械を見つめる。
そうして外観を一通り眺めてから、俺へと差し出す。

「もういいのか?」
「いや、まず何をどうすればいいのか見当がつかない」
「あぁ…そうかよ…」

さっきよりももっと驚く顔の時臣が見れる事を期待していたのだが、まさか開くことなく返されてしまうとは思わなかった。
いや、下手に操作されて何か変な事をされてしまうよりはよかったと思う事にしよう。
使い方を知らない人間に渡していい事はない。
大人しく受け取って、それを今度はポケットにしまいこむ。
カップの上に出されていた紅茶を飲みほして立ち上がる。

「ごちそうさま、じゃあおれはそろそろ退散させてもらう」
「あぁ、引きとめて悪かったね。もうちょっと君は私の元にも顔を見せてくれてもいいのだよ?」
「冗談、お前の本音はそうじゃないくせに」
「そんなに酷い人間じゃないさ、私は」
「どうだか」

時臣に背を向けて、無駄に大きい扉へ向かう。
無駄に大きいのは正直うちの、間桐の家も同じようなものだから人の事はいえないのだけど。
ドアへと手をかけて開く、とそのタイミングを計ったように時臣に呼ばれる。

「雁夜」
「なんだよ」
「その四角いものを持ったら、君はもう少し私とも連絡を取ってくれるのかい?」
「…は…?」

突拍子もない、時臣の言葉に眼を丸くする。
こいつ何を言ってるんだ。
俺と連絡を取るためにわざわざ苦手な機械を持ちたがるなんてどんな風邪ひいたらそんな思考に陥るんだ。
予想もしなかった事になんと返していいかわからずに、とっさに出てきたのは酷い言葉。

「携帯電話っていうんだよ…、っ」

吐き捨てるように言ってから、それが言外に肯定している事に気がつく。
ドアにかけていた手に力をいれて、慌てて開き体を滑り込ませる。
飛び出るように部屋からでて慌ててドアを背中で閉じ切る。
口元を押さえると、思ったよりもずっと顔は熱い。
違う、あいつの本音なわけないのに、それなのに、妙に早い心拍はいったいなんだ。



ちくしょう、ぜんぶ、あいつのせいだ。








全部、時臣のせい。





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