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□水面下で挑発的
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「誕生日なんだ」

眉間に皺を寄せて自室を訪ねて来たかと思うと敏夫はいきなりそう言った。
鉛筆を削る手を一瞬止めてはたと考える。
敏夫の誕生日はたしかもう少し先だったきがするけれど、僕の記憶違いだっただろうか。
ぎしぎしと再びカッターを動かし鉛筆を削る動作を再開する。

「敏夫が?」
「違う。お前、俺の誕生日覚えていないのか」
「今日じゃない事はわかるけど、記憶違いという事もある」
「俺じゃなくて恭子だよ」
「あぁ、なるほど」

深いため息とともに吐き出された名前に合点がいく。
それでこんなに困った様な顔をしているのか。
敏夫はそれなりに女性と付き合ったことがあるくせに、誕生日や記念日のイベント事は気にしないのでそれでいつも頭を抱えていた。
そもそも、誕生日を覚えないのだからその敏夫に気にしろというのが無理な話だと思うのだけど、女性というのはそれでも期待せずにはいられないのかもしれない。
尖り具合を確認して次の鉛筆を手に取り、またぎしぎしと木の軋み削られる音を聞きながらカッターで削いでいく。

「しかし、敏夫にしては珍しく誕生日覚えていたんだね」
「俺にしてはって所が余計だ。昨日電話で催促されたんだよ…」
「去年忘れてたからだね」
「親父から俺へ医院の名義を変えたり忙しかったんだ…」
「まぁ、恭子さんからしたらそれは言い訳にしかならないよね」
「それ以上抉ってくれるなよ…」

うなだれて両手をあげて降参するように敏夫が呻く。
少し苛め過ぎたかもしれない、恭子さんと敏夫は夫婦だからあって当然の会話なのだけどなんだか心中穏やかではなかった。
敏夫が結婚すると聞いた時に割りきったつもりだったのに、駄目だな。
尖った黒炭を確認して、また次の鉛筆へと手を伸ばす。
ぎしぎしとまた木は削られて尖っていく。

「それで?誕生日プレゼントかい?」
「まさにその通り、よくわかってらっしゃいますわ」
「その口調気持ち悪いよ…電話があったって事は何か強請られたんじゃないのかい?」
「うるせぇ、…いや、それが誕生日期待してるからって言われて電話切られちまってな…」

はぁとため息をついて敏夫はトントンと煙草の底を叩いて煙草をくわえる。
本当に鈍感なんだなと思いながら、カッターを動かすと黒炭を長くしすぎて先がバキリと折れてしまう。
仕方なしにまた短くしながら先を尖らせる。
敏夫が考えて用意してくれたものならなんでも嬉しいと思うのに、羨ましい。

「それなら、月並みだけどアクセサリーにすればいいんじゃないかな」
「あいつの好きそうなものなんかわからんぞ」
「ダイヤモンドとか喜びそうじゃないかな」
「そんな高い物買えるわけないだろう…もうちょっと現実的な案をくれよ…」
「人に聞いてばかりいないで自分で考えたらいいだろう」

綺麗に先を尖らせた鉛筆を持ち上げて先を確認する。
黒いそれに削った表面が光を反射していた。

「そうだね…オパールとかはどうかな」
「なんだそれ」

かちりとライターに火をともしてそれをタバコにうつしながら敏夫が問いかけてくる。
たしかにダイアモンドや真珠のようなものよりもオパールは有名ではないかもしれない。
知識として知っているけれど、敏夫はきっと興味もないからほんとうに有名なものしか知らないのだろう。
それならぼくには都合がいい。

「蛋白石なんだけど、その中でもブラックオパールとか」
「黒いのか」
「黒いというか…普通のオパールよりは珍しいし華やかかな。まぁ、それでも物によっては高いけど」
「石はよくわからんからなぁ…まぁ、ちょっと見てみる。助かった、ありがとな静信」
「参考になればよかったよ」
「おう、じゃあまた来るな」
「うんまた」

だいぶ目的が定まったのか来た時よりは幾分か落ち着いた顔をしていた。
ぱたぱたと忙しい敏夫は縁側を通って戻ってしまう。
それを見送りながら、最後の一本にカッターを当ててぎしりと削り取る。
まるで嵐のようにやってきて去っていった敏夫が本当にブラックオパールを選んだらいいのにと思うけど、きっと実物をみたら可愛らしく綺麗なものを選ぶのだろうな。
暗色を発光させる黒蛋白石は珍しさではいいかもしれないけれど、プレゼントにするにしては好まれるようなものではない。

「けど、選んでくれたらいいのにな」

ぎしりとまた木の軋む音がして鉛筆が鋭利に尖っていく。
ふうと木くずを飛ばして最後の一本が削り終わる。
鋭利な黒い三角形がわずかに光を反射させている。



■水面下で挑発的■




ブラックオパールには威嚇って意味があるんだけど、知らないだろうね。
今更しても遅いかもしれないけれど、ぼくなりに譲らない牽制になればいいのに。
そうやって自己満足と知りながら、ぼくは遠まわしに敏夫への執着を主張する。















ブラックオパールは7月29日の誕生石
お誕生日おめでとうございました。





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