本棚1

□エバのふぞろいの子供たち
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5.エバのふぞろいの子供たち


ふわふわと宙に浮かぶような感覚。
それは心もとないというよりは心地よくて浮足立つような感覚に近い、真綿に包まれる様な柔らかな暖かい場所だ。
その暖かさが心地よくてもっと傍に行きたくて頬を寄せる。
すんと匂いを嗅げば強く草木の様な匂いと甘い匂い。
これはきっと夕飯のデザートに静信が持ってきたプリンのカラメルソースの匂い。
こんなに強く香るものだっただろうかと思い、目を開ける。
そうしてやっと自分が眠っている事に気がついた。
視界に入った光景が見覚えがなくて目を見開く。

「へ…」

目の前に広がるのはいつもの変わり映えしない乱雑に本が積まれている部屋のはずだった。
それに、そもそもうつ伏せに寝る癖がある自分が横を向いて寝ているのも違和感の一つかもしれないが、そういうことでもない。
目の前に辰巳がいる。
その事に自分でも大層間抜けな声を出したと思う。
そのまま硬直するが、それは背中に回った腕の為に動けない事の方が大きい。
自分とは似ても似つかない筋肉質な腕がしっかりと抱きよせていて動きたくても動けそうにない。
運動などほとんどしないし、重い物を持つ必要もない自分では比較の対象にならないにしても、なんだか悔しい。
暖かかったのは辰巳の体温で、それに擦りよるにしたせいで余計に身動きが取れないようだった。
近い距離に顔を見上げれば睫毛も濃い青に縁取られているのがわかって、その奥には月のように光る金色がある事を知っている。
心臓が跳ね上がるように動悸がする。
昨日の記憶がじわじわと浮かんできて恥ずかしくて居たたまれないような羞恥。
頭を抱えたいのに腕を動かしては辰巳を起こしてしまうかもしれないと思うとそれも憚られた。
すると必然的に息をひそめるようになる。
長く眠っていたわけじゃないみたいでまだ外は暗い、壁にかけられた時計はよく見えないけれどまだ朝にはならないようだ。
気を失うように眠っていたせいか記憶が曖昧だけど、けれど確かに口に出した言葉は覚えていた。
自分は好きだと口に出したことを覚えている。
途端に顔が熱くなるほどの羞恥が沸き上がって強く目を瞑る。
できれば顔を覆い隠したいぐらいなのだが、動く事はままならないし、辰巳はどうせ起きていないのだからいいかとも思う。
しかし、そういう時に限ってタイミングが悪い。

「ふふっ、なにを百面相されているんですか?」
「…いつから起きてたんだ…」
「敏夫さんが起きる少し前からです」
「最初からじゃないか…」

1人で悶えていたのが馬鹿らしくて意図的に眉間に皺を寄せて睨みつける。
それでも対して辰巳には効かないようでなんだかしまりのない顔でこちらを見る。
眉と目元が柔らかく垂れ下がり、ガスランプの橙色を反射する黄色の瞳は蜂蜜を思わせる色をしていた。
溶けてしまいそうなそれらに、こんな顔をするのかとぼんやりと見つめる。
静信の白銀に見慣れているからか、青がおかしいとは思わなかった。
こんなに綺麗な色をしているのに。
けれどもそのおかげでこいつが誰にも取られずに俺と会うまでに至ったんだから、辰巳にとってはよくない事でしかないのかもしれないけれど、俺にとってはありがたい。
どこが好きかとか、そういうことではないんだ。ただ惹かれて惹きつけられるからもっと知りたい、近くにいたい、触れたい。
それを愛や恋と呼ぶのならなんて不思議な感情なのだろう。
目を細めて辰巳が笑う。

「あんまり寝顔があどけなかったのでつい」
「童顔で悪かったな」

反射的に憎まれ口が口を出るがまた小さく笑われる。
その表情も初めてみる、少し眉間に皺を寄せる様にしてそれでも目元と眉を下げて、薄く口をあけて口角をあげる。
穏やかに嬉しそうに愛おしげに笑うその顔が、自分に向けられているのかと思うと歯がゆくてむず痒くて恥ずかしい。
それでもまだ知りたい、まだ足りない。
全部じゃなくても構わないから、俺にお前を教えてくれ。
首を伸ばして顔を近づける、すると距離を近づけてくれる辰巳の目が細くなる。
それを追うように目を閉じれば口に体温。
今度は口ではなくて鼻で呼吸をすれば長く辰巳と触れあえる。




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