本棚1

□ラプンツェル
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1.ラプンツェル




しゅるしゅると柔らかな布をといていくと、その中から鈍く光る銀色が現れる。
水を張った桶にそれを持ったまま手首までひたすとそこから波紋が広がり小さくちゃぷりと水音を漏らす。
ゆらゆらと水中をたゆたわせて、その澄んだ透明から引き抜いて今度は固い砥石へと銀色の鋭利な刃先をあてがう。
しゅぅしゅぅと蛇が鳴く様な音をたてて刃こぼれは擦られ、平らに鋭くなっていく。裏返して両方ゆっくりと丁寧に刃こぼれを研いでまた桶の水へ浸してゆらゆらと揺らす。
ランプの火を水中の銀色が反射してチカチカと明滅するのを角膜を通して吸収する。
丁寧に水で洗ってちゃぷちゃぷと水面を撫ぜればまたオレンジの光を反射して白く刃先が鋭く光る。
布で雫を拭き取って、目線の高さまで持ち上げる。まるで光にでも透かすようにして刃こぼれがないかを丹念に見る。
ほんの少しの欠けも許されないから、すこしでも歪んでいるとそれは肌を傷つけてしまう。
彼の陽に焼けない白い肌を剃刀負けなどという些細な傷で傷めつけたくはないから、丁寧に丁寧に準備をする。
毎日は嫌だと言って、三日に一度しかさせてくれないけれどそれの方がむしろその日を待つ事で楽しみが増えたということを彼は知らない。
本音を言えば毎日彼の僅かに伸びる髭を丁寧に剃ってあげたいのだ。
伸ばした髭がちくりと当たるのも彼のものだと思うと愛おしくてもったいない気がしなくもない。
けれど、あまり伸ばしたままというのもみっともないから、やはり3日に一回ぐらいで綺麗に剃ってしっかりとその姿を保ってあげたい。
それならば髪を切らせろと何度も言われたけれど、彼の豊かな黒髪は僕のそれと違って正反対の黒炭の色。
それを切るのが惜しいと言って先延ばしにしていたのだけど、今となっては切ることは考えられない程に伸びた黒髪が好きだった。
夜を思わせるその髪が、白く病弱とも取れる肌を落ちていく様子は、それだけでぞわぞわと情欲が沸き上がる程に綺麗で凛とした強さのなかに儚いような性的な魅力があった。
まだ彼は綺麗なままで世俗の汚れも身体の穢れも知らない清らかと言ってもいいだろう。
僕と言う人しか知らずに、知識の上でしか世界を知らない。
不浄な事はすべてが知識のお伽話のものだ。
彼を拾ったのは森の中、小さな子供の時。
すでに何年も生きている僕にとって、その小さな生命は娯楽のようなものだった。
一時の暇つぶし。
けれど、成長するにつれて、彼は目を見張るほどに理髪に健全に僕好みに育っていった。
30年以上たった今では愛すべき僕のお姫様だ。
15の時にはすでに塔の最上階で軟禁し、彼が欲しいものは用意できる限りなんでも用意した。
そうやって、僕はいつまでも君を甘やかすから少々わがままになってしまったのかもしれないけれど、それすらも愛おしい。
ぱちりと剃刀を閉じて、それをまた丁寧に白い布にくるんで机の上に開かれたままの小型のトランクケースに収める。
ケースの中に広がるビロードに置かれた銀をおさめた白はとても小さく高価なものではないのだけど、これがぼくの愛しい彼の体毛を刈り取っているのだと思うとそれだけで素晴らしいものに思える。
つまり、彼が関わる全ての物が愛おしいのだ。彼の為に用意した全てが彼の一部のようにすら思うから、こんなにも世界が美しく思えてならない。
はぁとついた溜息は疲れではなくむしろ、幸せであることへのため息だ。
桶の水を下水へと流して、新たに汲み上げた流水を満たす。
トランクケースを閉じてぱちりぱちりと留め金で封をして持ち手を掴む。
それと水で満たされた桶を持って長く続く階段へ向かう。
今日は三日に一度の日。
階段をのぼりながら、くり抜かれただけの窓から外を見ると、そろそろと陽がおちて空は綺麗なグラデーションをしていた。
太陽が埋没したであろう西は血を流したようにまだ赤々と燃えている。
あぁ、明日もよい天気になりそうだと鼻歌でも歌いたい程に上機嫌なのが自分でもわかった。
コツコツと靴音もリズミカルに螺旋を上る。




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