本棚1

□白に塗れる
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薄暗い中にもそこに積まれる白はわずかな光を反射して、存在感があった。
一応、尾崎医院にもリネン室が存在する。
今は使われていないが、入院患者を受け入れていた名残でそこには使われていないシーツが積まれている。
昔は確かに入院患者を受け入れるだけのスタッフがいたのだろうが、今は違う。
患者を受け入れる余裕がないのなら、いっそのこと思い切って物置きにでもしようかとその小さな一室を眺めながら考える。
薄暗いそこは窓もないせいか、光は開け放したままのドアから差し込む明かりのみで、奥までは見えない。

「先生?」

中に入ろうと一歩踏み出した瞬間に後ろから声をかけられたので、くるりと振り向けば武藤さんがいた。
ぱたぱたとスリッパを鳴らしてこちらにくるのを見守りながら様子を見ると、手に封筒を持っているからそれに確認だろうとあたりをつける。
さして距離があるわけでもないからすぐに武藤さんが目の前に来る。

「どうした?なんか確認か?」
「あぁ、これから郵便局に出して上がろうかと思いまして。他のスタッフはあがりましたから、受付が空になるんで一言断ってからと思いまして」
「あぁ、それでわざわざ。すまないね」
「別に構いませんが、なんですか?その部屋」

ひょこと中を覗き込むように武藤さんが身体を傾けたので少しだけ近くなる距離にどくと血が沸いた。
なにか、よからぬ事を考えたような気もする。
最近あまり武藤さんに触れていないせいか、距離が近づくだけでなんだか緊張のようなものが走った。
付き合い始めのようなその思考に呆れてしまう。
気のせいだと頭を振ってその湧きだす欲を押さえつけ、説明するためにと口を開く。

「リネン室だ。昔は入院もあったからだろうが、今は使わないから物置きにでもしようかと思ってな」
「なるほど…それだったら書類を保管させてもらえるとありがたいんですが…」
「あぁ…確かに置き場がなくなってるな」

受付の奥に書類の詰まった段ボールが増えてよく物をぶつけたりしているのを見た気がする。
それが移動されれば少しはスペースがあくから楽になるだろう。
その分、物が置けるようになれば何かもう一台機材を買ってもいい。
今の所必要なのは何があるだろうかと思案していると、武藤さんがすたすたとドアまで近づき、中の電気をパチンと付ける。
けれども音がしただけで電気は一瞬だけチカチカしたかと思うと反応がない。

「電球切れているみたいですね」
「物置きにするんだったら別につかなくてもいいか」
「でも、結構広いみたいですよ。奥の方は光が入らないで暗いようです」
「そうだな…どうするか」

足を踏み入れるとさらに強く倉庫特有のひんやりとした空気と埃の匂いが鼻につく。
掃除もしていない棚には薄く埃がたまって、何枚かのシーツや毛布の類は床の上に積み上げられている。
いくつかダンボール箱があるが、封がされたままでわからない物も多々あるようだ。
これは掃除をするのから難儀するなと思いながら、きょろきょろと見回す。
後をつくようにきた武藤さんも同様に中を見まわして思案しているようだった。

「とりあえずは掃除してみないとなんとも言えないですね」
「そうだな…」
「とりあえず、書類は動かせるように段ボールにでも詰めておきます」
「助かるっ、?!」

くるりと後ろを振り向くと少しバランスを崩した。
それだけだったら少々たたらを踏むだけですむはずだったのに、運が悪いことにシーツを踏みつけてそのままずるりと足元をすくわれた。
ぐるんと反転する視界に転ぶと瞬間的に察して背中にくるであろう衝撃に耐える様に目をつぶる。
しかし、思いのほか大したことのない衝撃に恐る恐る目を開けるとシーツと毛布の山に向かって倒れ込んだからか大した痛みはない。
それに加えて衝撃が少ないのは、引きとめる様に武藤さんが支えてくれたからだ。
さすがに踏みとどまらせることはできなかったようで、武藤さんの手が俺の頭を庇うようにして回り抱きかかえられるようにされている。
けれどはたから見たら押し倒されているようにも見えるその体勢にひと際どくどくと心臓が脈打つ。
まずい、これは。
見てみないフリをしていたものが沸々と湧いて熱い。

「む、と…さん」
「はぁ…先生、あまりびっくりさせんでください」
「す、すまん…」

熱くなる顔を隠そうと顔を逸らして息を吐く。
そしてタイミングが悪い事に随分と前になってしまっているはずの情事の記憶が浮かんでしまうのだから、本当にまずい。
これ以上は本当にはしたなく求めてしまいそうで、それは俺のプライドがよしとしなかった。
早く離れて何事もなかったようにしたいのに、武藤さんの手が許さない。
ゆると頭を支えていた手が撫でる様に動いて、またざわざわとする。

「武藤さん、頭打っちゃいないんだから平気だ…」
「そうですか?……なんだか触るの…ひさしぶりですね」
「な、に…」

顔をあげると近かった距離をさらに詰められる。
かちっと視線が合って動けなくなる。
息をするのも意識しないとできないぐらいに、どくどくと心臓に血は巡って頭は熱くて思考はままならない。
へにゃりとただでさえ垂れ下がった眉毛をさらに下げてほほ笑む武藤さんに、ぞくりと背筋に電気が走るように情欲が駆け上がる。

「我慢しているのが、先生だけだと思わないでくださいね」

さらに距離が近くなったので目を閉じれば望んだくちづけがおりてくる。
タカが外れたように欲が沸き上がって、もっと触れたくて手をさ迷わせればその手を掴まれるので指と指の間に滑り込ませるようにして手をつなぐ。
隙間を埋めるようにその手を握れば深く絡め取られるようにまたキスが深くなる。
白に埋もれてぼやける視界におれはやっぱりこの人を好いているのだと自覚する。

「、きですよ…」

口が触れる距離で空気が震えるのもわかるぐらいの距離で、秘めごとは告白される。
今度はこちらから口付けて、同じように触れる距離で返す。

「…す、…だ」

互いのそれを飲み込むようにまた口付けてもう片手で武藤さんの白衣を強く握りしめた。
言葉は誠実な響きをもっているのに、俺達の関係はなんて、不誠実。
それからも目をそらして小さく声を漏らした。






・白に塗れる・








誠実に、不誠実



主催企画の花敏企画に提出した2点目。
武藤さん×敏夫
むとし
好きなんですよね…むとし…
ちなみにこちらの花はマーガレット
マーガレットは白い花です。
花言葉は「愛の誠実」




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